孫子 / 九地篇
是故政舉之日,夷關折符,無通其使;厲於廊廟之上,以誅其事。敵人開闔,必亟入之,先其所愛,微與之期,踐墨隨敵,以決戰事。是故始如處女,敵人開戶;後如脫兔,敵不及拒。
新字:是故政舉之日,夷関折符,無通其使;厲於廊廟之上,以誅其事。敵人開闔,必亟入之,先其所愛,微与之期,践墨随敵,以決戦事。是故始如処女,敵人開戸;後如脱兔,敵不及拒。
書き下し
是の故に政挙がるの日、関を夷らげ符を折り、其の使を通ずること無く、廊廟の上に厲しくして、以て其の事を誅む。敵人開闔せば、必ず亟やかに之に入り、其の愛する所を先にし、微かに之と期し、墨を践みて敵に随い、以て戦事を決す。是の故に始めは処女の如くにして、敵人戸を開き、後には脱兎の如くにして、敵拒ぐに及ばず。
現代語訳
方針が決まった日には、関所を閉ざし通行証を破り、使者の往来を断ち、朝廷で厳しく議して事を詰める。敵に隙が生じたら必ず素早く入り込み、敵の大切なものを先に取り、こちらの動きは表に出さず、墨縄をたどるように敵に応じて、戦いを決する。だから初めは処女のようにおとなしくして敵に戸を開かせ、後には逃げる兎のように動いて、敵は防ぎようがない。
解説
九地篇の結びであり、「始如處女、後如脫兔」の出典である。前半で情報を遮断して意思決定を詰め、後半で一気に動く。静と動の落差そのものが武器になるという構造が示されている。準備段階でおとなしくしているのは臆病だからではなく、相手に戸を開かせるためである。事業でも、水面下で詰め切ってから一気に出す動きは、逐次発表するより効く。ただし処女のまま終わる組織も多い。おとなしくしている期間に、実際に詰め切っているかどうかが分かれ目になる。
この章句が説くこと
始如処女後如脱兎静と動機密一気呵成決断
関連する章句
-
孫子・用間篇微なるかな、微なるかな。間を用いざる所無し。間事未だ発せずして先ず聞こゆれば、間と告げられし所の者と皆死す。
-
易経・繋辞上「戸庭を出でず、咎无し。」子曰く、「乱の生ずる所は、則ち言語以て階(きざはし)と為る。君密ならざれば則ち臣を失い、臣密ならざれば則ち身を失い、幾事(きじ)密ならざれば則ち害成る。是を以て君子は慎密にして出ださざるなり」と。子曰く、「易を作る者は其れ盗を知れるか。易に曰く、負い且つ乗る、寇(あだ)の至るを致す、と。負うとは、小人の事なり。乗るとは、君子の器なり。小人にして君子の器に乗る、盗は之を奪わんと思う。上慢り下暴(あら)ければ、盗は之を伐たんと思う。蔵(おさ)むるに慢れば盗を誨(おし)え、容を冶(つく)れば淫を誨う。易に曰く、負い且つ乗る、寇の至るを致すとは、盗を招くなり」と。
-
『長短経』将体軍誌に曰く、将の謀は密ならんことを欲し、士衆は一ならんことを欲し〔将衆一体の如きなり〕、敵を攻むるは疾からんことを欲す。将の謀密なれば、則ち奸心閉ず。士衆一なれば、則ち群心結ぶ〔結ぶこと一の如きなり〕。敵を攻むること疾ければ、則ち詐設くるに及ばず。軍に此の三者有れば、則ち計奪われず。将の謀泄るれば、則ち軍に勢い無し。外を以て内を闚えば、則ち禍制せず〔窺は、見なり。謀泄るれば、則ち外は己が情の虚実を見る。其の禍制すべからざるなり〕。財営に入れば、則ち衆奸会す〔凡そ軍を為すに、外人をして財貨を以て営内に入らしむれば、則ち奸謀奄ち其の中心に集まる〕。将に此の三者有れば、軍必ず敗る。
-
孫子・用間篇故に三軍の事は、間より親きは無く、賞は間より厚きは無く、事は間より密なるは無し。
-
孫子・九地篇能く士卒の耳目を愚にして、之をして知ること無からしむ。其の事を易え、其の謀を革めて、人をして識ること無からしむ。其の居を易え、其の途を迂にして、人をして慮ることを得ざらしむ。
-
『宋名臣言行録』前集巻七・范仲淹公の在る所、賊敢えて犯さず。其の大順に城くや、一旦、兵を引きて出づ。諸將、向かう所を知らず。軍、柔逺に至りて始めて號令し、其の地處を告げて往きて城を築かしむ。版築の用に至るまで大小畢く具わる。而して軍中、初め知らず。賊、三萬騎を以て来たり爭う。公、諸將を戒む、戰いて賊走らば、追いて河を過ぐる勿かれと。已にして賊果たして走る。追う者渡らず。而して河外に果たして伏有り。賊既に計を失う。乃ち引きて去る。諸將皆な公の及ぶ可からざるを為すに服す。得る所の賜賚は皆な上意を以て諸將に分賜し、自ら謝を為さしむ。諸蕃の質子、其の出入を縱にす。一人の逃ぐる者無し。蕃酋来り見れば、之を卧内に召し、人を屏け衞を徹して與に語る。疑わず。邉に居ること二歳、士勇に邉實ち、恩信大いに洽し。乃ち䇿を決して横山を取り靈武を復せんことを謀る。而して元昊、數々使いを遣わして臣と稱し和を請う。上も亦た公を召して歸らしむ。