孫子 / 九地篇
故善用兵者,譬如率然。率然者,常山之蛇也。擊其首則尾至,擊其尾則首至,擊其中則首尾俱至。
新字:故善用兵者,譬如率然。率然者,常山之蛇也。撃其首則尾至,撃其尾則首至,撃其中則首尾倶至。
書き下し
故に善く兵を用うる者は、譬えば率然の如し。率然とは常山の蛇なり。其の首を撃てば則ち尾至り、其の尾を撃てば則ち首至り、其の中を撃てば則ち首尾俱に至る。
現代語訳
戦の巧みな者は、たとえば率然のようである。率然とは常山にいるという蛇のことだ。頭を撃てば尾が襲いかかり、尾を撃てば頭が襲いかかり、胴を撃てば頭と尾が同時に襲いかかる。
解説
理想の組織を一匹の蛇にたとえた有名な一段である。どこを攻められても全体が反応する。指揮系統をたどって上に報告し、判断を待って動くのでは、この速さは出ない。率然が体現しているのは、部分が全体の一部として自律的に動く状態である。現場の一点で起きた問題に、関係する部署が自然に集まってくる組織は強い。逆に、担当外だからと動かない組織は、頭を撃たれても尾が眠っている。連携の速さは制度ではなく、日頃の関係の濃さで決まる。
この章句が説くこと
率然常山之蛇連動自律組織
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