学問のすゝめ / 四編・学者の職分を論ず・一身両頭あるがごとし
試みにその一を挙げて言わん。今、在官の人物少なしとせず、私にその言を聞きその行を見ればおおむねみな闊達大度の士君子にて、わが輩これを間然する能わざるのみならず、その言行あるいは慕うべきものあり。また一方より言えば平民といえども悉皆無気無力の愚民のみにあらず、万に一人は公明誠実の良民もあるべし。しかるに今この士君子、政府に会して政をなすに当たり、その為政の事跡を見ればわが輩の悦ばざるものはなはだ多く、またかの誠実なる良民も、政府に接すればたちまちその節を屈し、偽詐術策、もって官を欺き、かつて恥ずるものなし。この士君子にしてこの政を施し、この民にしてこの賤劣に陥るはなんぞや。あたかも一身両頭あるがごとし。
書き下し
試みにその一を挙げて言わん。今、在官の人物少なしとせず、私にその言を聞きその行を見れば、おおむねみな闊達大度の士君子にて、わが輩これを間然する能わざるのみならず、その言行あるいは慕うべきものあり。また一方より言えば平民といえども悉皆無気無力の愚民のみにあらず、万に一人は公明誠実の良民もあるべし。しかるに今この士君子、政府に会して政をなすに当たり、その為政の事跡を見ればわが輩の悦ばざるものはなはだ多く、またかの誠実なる良民も、政府に接すればたちまちその節を屈し、偽詐術策、もって官を欺き、かつて恥ずるものなし。この士君子にしてこの政を施し、この民にしてこの賤劣に陥るはなんぞや。あたかも一身両頭あるがごとし。
現代語訳
試みにその一つを挙げて言いましょう。今、官にある人物は少なくなく、私的にその言葉を聞き行いを見れば、おおむねみな度量の大きな立派な人物で、私が非を挟む余地がないばかりか、その言行に慕うべきものさえあります。また別の面から言えば、平民といってもすべてが気力も力もない愚民ではなく、万に一人は公明で誠実な良民もいるでしょう。ところが今この立派な人物が、政府に集まって政治を行うにあたり、その政治の跡を見れば私が喜べないものが非常に多く、またあの誠実な良民も、政府に接するとたちまち節を曲げ、偽りと術策で役所を欺いて、恥じることがありません。この立派な人物にしてこの政治を行い、この民にしてこの卑しさに陥るのはなぜでしょうか。まるで一つの身に二つの頭があるようなものです。
解説
この章句が説くこと
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司馬法・定爵将は身なり、卒は支(し)なり、伍は指拇(しぼ)なり。
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『学問のすゝめ』四編・学者の職分を論ず・これを散ずれば明なりこれを集むれば暗なり私にありては智なり、官にありては愚なり。これを散ずれば明なり、これを集むれば暗なり。政府は衆智者の集まるところにして、一愚人の事を行なうものと言うべし。あに怪しまざるを得んや。畢竟その然る所以は、かの気風なるものに制せられて、人々みずから一個の働きを逞しゅうすること能わざるによりて致すところならんか。維新以来、政府にて学術、法律、商売等の道を興さんとして効験なきも、その病の原因はけだしここにあるなり。しかるにいま一時の術を用いて下民を御し、その知徳の進むを待つとは、威をもって人を文明に強ゆるものか、しからざれば欺きて善に帰せしむるの策なるべし。政府威を用うれば人民は偽をもってこれに応ぜん、政府欺を用うれば人民は容を作りてこれに従わんのみ。これを上策と言うべからず。たといその策は巧みなるも、文明の事実に施して益なかるべし。ゆえにいわく、世の文明を進むるには、ただ政府の力のみに依頼すべからざるなり。
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