孫子 / 軍争篇
故兵以詐立,以利動,以分合為變者也。故其疾如風,其徐如林,侵掠如火,不動如山,難知如陰,動如雷震。掠鄉分衆,廓地分利,懸權而動。先知迂直之計者勝,此軍爭之法也。
新字:故兵以詐立,以利動,以分合為変者也。故其疾如風,其徐如林,侵掠如火,不動如山,難知如陰,動如雷震。掠郷分衆,廓地分利,懸権而動。先知迂直之計者勝,此軍争之法也。
書き下し
故に兵は詐を以て立ち、利を以て動き、分合を以て変を為す者なり。故に其の疾きこと風の如く、其の徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如く、知り難きこと陰の如く、動くこと雷震の如し。郷を掠むれば衆を分かち、地を廓むれば利を分かち、権を懸けて動く。迂直の計を先知する者は勝つ。此れ軍争の法なり。
現代語訳
軍は敵を欺くことで成り立ち、利によって動き、分散と集合によって変化する。その速さは風のごとく、静かなことは林のごとく、攻めることは火のごとく、動かないことは山のごとし。知りがたいことは陰のごとく、動くことは雷鳴のごとし。村を得れば兵に分け与え、土地を広げれば利を分け、はかりにかけてから動く。回り道を近道に変える計を先に知る者が勝つ。これが軍争の法である。
解説
武田信玄の旗印で知られる風林火山の出典である。原典では四つではなく六つ挙げられており、「難知如陰」と「動如雷震」が続く。注目すべきは、これが速さや激しさの賛美ではなく、状況に応じて態度を変える能力の列挙だという点である。速いことより、動かないでいられることのほうが難しい。そして最後に置かれているのは、得た利益を分け与えるという地味な条件である。速く動ける組織は、たいてい配分が公正な組織でもある。
この章句が説くこと
風林火山兵以詐立変化配分迂直の計
関連する章句
-
『甲陽軍鑑』品第四十二御遠慮おほくして如此○信玄公御旗一赤地に八幡大菩薩の旗二本一赤地に将軍地蔵大菩薩の旗二本一武田二十七代迄之御旗一本一其疾如風一其静如林一侵掠如火一不動如山是は黒地に金を以て此四ツの語を書給ふ、旗は四方也此旗共に以上六本なり、川中島合戦から此旗を被成、又味方が原にて家康信長に勝て、殊に信長と手ぎれ有りて東美濃発向の時、此語を右のはたにいれ給ふ一天上天下一唯我独尊右之古事を入てはたの仕やうは一其疾如風一其静如林一侵掠如火一不動如山一天上天下一唯我独尊如此御旗は天正元年酉の三月もたせはじめられ、同四月十二日に御他界なり、此六本の御旗奉行一人、惣旗奉行一人それによりて二人也
-
孫子・軍争篇孫子曰く、凡そ兵を用うるの法は、将、命を君より受け、軍を合し衆を聚め、和を交へて舍る。軍争より難きは莫し。
-
『淮南子』兵略訓善き者の動くや、神のごとく出でて鬼のごとく行き、星のごとく耀きて玄のごとく逐い、進退詘伸、朕㙬を見ず。鸞のごとく舉がり麟のごとく振るい、鳳のごとく飛び龍のごとく騰がる。發すること秋風の如く、疾きこと駭龍の如し。當に生を以て死を擊ち、盛を以て衰に乘じ、疾を以て遲を掩い、飽を以て饑を制すべし。水を以て火を滅するが若く、湯を以て雪に沃ぐが若し。何くに往くとして遂げざらん、何くに之くとして用いて達せざらん。中に在りては神を虛しくし、外に在りては志を漠にす。無形に運らし、不意に出づ。飄飄と與に往き、忽忽と與に來たり、其の之く所を知る莫し。條と與に出で、間と與に入り、其の集まる所を知る莫し。卒かなること雷霆の如く、疾きこと風雨の如し。地より出づるが若く、天より下るが若し。獨り出で獨り入り、能く應圉する莫し。疾きこと鏃矢の如く、何ぞ勝げて偶す可けんや。一たび晦く一たび明るし、孰か其の端緒を知らん。未だ其の發するを見ずして、固より已に至れり。
-
孫子・虚実篇水は地に因りて行を制し、兵は敵に因りて勝を制す。故に兵に成勢無く、恒形無し。能く敵に因りて変化して勝を取る者、之を神と謂う。故に五行に常勝無く、四時に常位無く、日に短長有り、月に死生有り。
-
孫子・行軍篇孫子曰く、凡そ軍を処き敵を相るに、山を絶つには谷に依り、生を視て高きに処り、隆きに戦うには登ること無かれ。此れ山に処るの軍なり。
-
孫子・軍争篇三軍は気を奪う可く、将軍は心を奪う可し。是の故に朝の気は鋭く、昼の気は惰り、暮の気は帰る。故に善く兵を用うる者は、其の鋭気を避けて、其の惰帰を撃つ。此れ気を治むる者なり。治を以て乱を待ち、静を以て嘩を待つ。此れ心を治むる者なり。近きを以て遠きを待ち、佚を以て労を待ち、飽を以て饑を待つ。此れ力を治むる者なり。正正の旗を邀うる無く、堂堂の陣を撃つ無し。此れ変を治むる者なり。