淮南子 / 兵略訓
善者之動也,神出而鬼行,星耀而玄逐,進退詘伸,不見朕㙬,鸞舉麟振,鳳飛龍騰。發如秋風,疾如駭龍。當以生擊死,以盛乘衰,以疾掩遲,以飽制饑。若以水滅火,若以湯沃雪,何往而不遂!何之而不用達!在中虛神,在外漠志,運於無形,出於不意。與飄飄往,與忽忽來,莫知其所之;與條出,與間入,莫知其所集。卒如雷霆,疾如風雨,若從地出,若從天下,獨出獨入,莫能應圉。疾如鏃矢,何可勝偶?一晦一明,孰知其端緒!未見其發,固已至矣。
新字:善者之動也,神出而鬼行,星耀而玄逐,進退詘伸,不見朕㙬,鸞舉麟振,鳳飛竜騰。発如秋風,疾如駭竜。当以生撃死,以盛乗衰,以疾掩遅,以飽制饑。若以水滅火,若以湯沃雪,何往而不遂!何之而不用達!在中虚神,在外漠志,運於無形,出於不意。与飄飄往,与忽忽来,莫知其所之;与条出,与間入,莫知其所集。卒如雷霆,疾如風雨,若従地出,若従天下,独出独入,莫能応圉。疾如鏃矢,何可勝偶?一晦一明,孰知其端緒!未見其発,固已至矣。
書き下し
善き者の動くや、神のごとく出でて鬼のごとく行き、星のごとく耀きて玄のごとく逐い、進退詘伸、朕㙬を見ず。鸞のごとく舉がり麟のごとく振るい、鳳のごとく飛び龍のごとく騰がる。發すること秋風の如く、疾きこと駭龍の如し。當に生を以て死を擊ち、盛を以て衰に乘じ、疾を以て遲を掩い、飽を以て饑を制すべし。水を以て火を滅するが若く、湯を以て雪に沃ぐが若し。何くに往くとして遂げざらん、何くに之くとして用いて達せざらん。中に在りては神を虛しくし、外に在りては志を漠にす。無形に運らし、不意に出づ。飄飄と與に往き、忽忽と與に來たり、其の之く所を知る莫し。條と與に出で、間と與に入り、其の集まる所を知る莫し。卒かなること雷霆の如く、疾きこと風雨の如し。地より出づるが若く、天より下るが若し。獨り出で獨り入り、能く應圉する莫し。疾きこと鏃矢の如く、何ぞ勝げて偶す可けんや。一たび晦く一たび明るし、孰か其の端緒を知らん。未だ其の發するを見ずして、固より已に至れり。
現代語訳
善い者が動くときは、神のように現れ鬼のように行き、星のように輝き奥深く追い、進み退き屈み伸びして、その兆しが見えない。鸞のように舞い上がり麟のように振るい、鳳のように飛び龍のように昇る。発するのは秋風のようで、速いことは驚いた龍のようである。生きているもので死んでいるものを打ち、盛んなもので衰えたものに乗り、速いもので遅いものを覆い、満ちているもので飢えているものを制する。水で火を消すようであり、熱湯を雪に注ぐようである。どこへ行っても達しないことがなく、どこで用いても届かないことがない。内では心を虚しくし、外では志を淡くする。かたちのないところで動かし、思いがけないところに出る。ひらひらと去り、ふっと来て、どこへ行ったか分からない。すっと出て、すきまから入り、どこに集まっているか分からない。急なことは雷のようで、速いことは風雨のようである。地から湧くようであり、天から降るようである。独りで出て独りで入り、応じ防げる者がない。速いことは矢じりのようで、どうして相手になれよう。暗くなり明るくなり、誰がその糸口をつかめよう。まだ動き出すのが見えないうちに、もう着いている。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孫子・虚実篇その趨かざる所に出で、その意わざる所に趨く。
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孫子・始計篇その備えなき所を攻め、その意に出でざる所に出づ。
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孫子・行軍篇兵怒りて相迎え、久しくして合わず、又相去らざるは、必ず謹んでこれを察すべし。
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『春秋左氏伝』僖公三十三年 弦高、秦師を犒う三十三年春、秦の師周の北門を過ぐ。左右冑を免ぎて下り、超乘する者三百乘。王孫滿尚ほ幼し。之を觀て、王に言ひて曰く、「秦の師輕くして禮無し。必ず敗れん。輕ければ則ち謀寡く、禮無ければ則ち脫(だつ)す。險に入りて脫し、又謀る能はず、能く敗るること無からんや」と。滑に及び、鄭の商人弦高將に周に市せんとして、之に遇ふ。乘韋を以って先にし、牛十二もて師を犒ひて曰く、「寡君吾子の將に師を步ませて敝邑より出でんとするを聞き、敢へて從者を犒はしむ。不腆(ふてん)の敝邑、從者の淹(ひさ)しきが為に、居れば則ち一日の積を具へ、行けば則ち一夕の衛を備へん」と。且つ遽(きょ)をして鄭に告げしむ。鄭の穆公客館を視しむれば、則ち束載し、兵を厲(と)ぎ、馬に秣(まぐさか)へり。皇武子をして辭せしめて曰く、「吾子敝邑に淹久し、唯だ是れ脯資・餼牽竭きたり。吾子の將に行かんとするが為なり。鄭の原圃有るは、猶ほ秦の具囿有るがごときなり。吾子其の麋鹿を取りて、以って敝邑を閒(やす)んぜしめば、若何」と。杞子齊に奔り、逢孫・楊孫宋に奔る。孟明曰く、「鄭備へ有り、冀(こひねが)ふ可からず。之を攻むれども克たず、之を圍めども繼がず。吾其れ還らん」と。滑を滅ぼして還る。齊の國莊子來聘す。郊勞より贈賄に至るまで、禮成りて之に加ふるに敏を以ってす。臧文仲公に言ひて曰く、「國子政を為し、齊猶ほ禮有り。君其れ朝せよ。臣之を聞く、禮有るに服するは、社稷の衛なり」と。
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史記 秦本紀繆公聞き、怒りて曰く、「孤兵を発して子沮みて吾が軍を哭するは、何ぞや」と。二老曰く、「臣敢へて君の軍を沮むに非ず。軍行くに、臣の子与に往く。臣老いたり、遅く還らば相見ざらんことを恐る、故に哭するのみ」と。二老退きて、其の子に謂ひて曰く、「汝の軍即し敗れなば、必ず殽の阨に於てせん」と。三十三年春、秦の兵遂に東し、晋の地を更り、周の北門を過ぐ。周の王孫満曰く、「秦の師礼無し、敗れずして何をか待たん」と。兵滑に至る。鄭の販売の賈人弦高、十二牛を持ちて将に之を周に売らんとす。秦の兵を見て、死虜を恐れ、因りて其の牛を献じて、曰く、「大国将に鄭を誅せんとすと聞く。鄭君謹んで守御の備へを修め、臣をして牛十二を以て軍士を労はしむ」と。秦の三将軍相謂ひて曰く、「将に鄭を襲はんとす。鄭今已に之を覚る、往くも及ぶ無し」と。滑を滅ぼす。滑は、晋の辺邑なり。是の時に当たり、晋の文公の喪尚ほ未だ葬らず。太子襄公怒りて曰く、「秦我が孤を侮り、喪に因りて我が滑を破る」と。遂に衰絰を墨くし、
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『春秋左氏伝』昭公十七年 彗星と火災の予言九月、丁卯、晉の荀吳師を帥ゐて、棘津より涉り、祭史をして先づ牲を雒に用ゐしむ。陸渾の人知らず。師之に從ふ。庚午、遂に陸渾を滅ぼす。之を數むるに其の楚に貳するを以てす。陸渾子楚に奔り、其の衆甘鹿に奔る。周大いに獲たり。宣子、文公荀吳を攜へて之に陸渾を授くるを夢む。故に穆子をして師を帥ゐしめ、俘を文宮に獻ず。冬、星大辰に孛する有り、西のかた漢に及ぶ。申須曰く、「彗は舊を除き新を布く所以なり。天事は恆に象あり。今火に除く。火出づれば必ず布かん。諸侯其れ火災有らんか」と。梓慎曰く、「往年吾之を見る。是れ其の徵なり。火出でて見ゆ。今茲火出でて章かなり。必ず火入りて伏せん。其の火に居ること久し。其れ然らざらんや。火出づるは、夏に於いては三月為り、商に於いては四月為り、周に於いては五月為り。夏數天を得たり。若し火作らば、其れ四國之に當たらん。宋・衛・陳・鄭に在らんか。宋は大辰の虛なり。陳は大皞の虛なり。鄭は祝融の虛なり。皆火房なり。星孛して天漢に及ぶ。漢は水祥なり。衛は顓頊の虛なり、故に帝丘為り。其の星は大水為り。水は火の牡なり。其れ丙子若しくは壬午を以て作らんか。水火の合する所以なり。若し火入りて伏せば、必ず壬午を以てし、其の見ゆるの月を過ぎず」と。鄭の裨竈子產に言ひて曰く、「宋・衛・陳・鄭、將に同日に火あらんとす。若し我瓘斝玉瓚を用ゐば、鄭必ず火あらず」と。子產與へず。

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