孫子 / 軍争篇
舉軍而爭利,則不及;委軍而爭利,則輜重捐。是故卷甲而趨,日夜不處,倍道兼行,百里而爭利,則擒三軍將,勁者先,疲者後,其法十一而至;五十里而爭利,則蹶上軍將,其法半至;三十里而爭利,則三分之二至。
新字:舉軍而争利,則不及;委軍而争利,則輜重捐。是故巻甲而趨,日夜不処,倍道兼行,百里而争利,則擒三軍将,勁者先,疲者後,其法十一而至;五十里而争利,則蹶上軍将,其法半至;三十里而争利,則三分之二至。
書き下し
軍を挙げて利を争えば則ち及ばず、軍を委てて利を争えば則ち輜重捐てらる。是の故に甲を巻きて趨り、日夜処らず、道を倍して行を兼ね、百里にして利を争えば、則ち三軍の将を擒にせらる。勁き者は先だち、疲るる者は後る。其の法十に一つ至る。五十里にして利を争えば、則ち上軍の将を蹶く。其の法半ば至る。三十里にして利を争えば、則ち三分の二至る。
現代語訳
全軍を挙げて有利な地点を争えば間に合わない。軍を置き去りにして争えば、輜重が失われる。そこで鎧を巻いて走り、昼夜休まず、通常の倍の行程を進み、百里先の地点を争えば、三軍の将は捕虜になる。健脚の者が先へ行き、疲れた者は遅れ、到着するのは十人に一人である。五十里を争えば上軍の将を失い、到着は半数。三十里を争えば、到着は三分の二である。
解説
無理をした場合の到達率が、距離ごとに数字で示されている。百里で十分の一、五十里で二分の一、三十里で三分の二。急ぐほど、たどり着く戦力が急激に落ちる。しかも減り方は距離に比例しない。百里は三十里の三倍強だが、到達率は六分の一以下になる。この非線形が要点である。事業の計画にそのまま効く。納期を半分にすれば、投入する人員が倍で済むわけではない。ある線を越えると、脱落と手戻りが急に増え、到達するものが激減する。孫子が三つの数字を並べたのは、どこに線があるかを示すためだろう。急ぐこと自体は否定されていない。倍道兼行、通常の倍で進むことは前提になっている。問題は、どこまで急げば何を失うかを知らずに走ることである。
この章句が説くこと
軍争到達率無理非線形見積もり
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