孫子 / 虚実篇
因形而措勝於衆,衆不能知。人皆知我所以勝之形,而莫知吾所以制勝之形。故其戰勝不復,而應形於無窮。
新字:因形而措勝於衆,衆不能知。人皆知我所以勝之形,而莫知吾所以制勝之形。故其戦勝不復,而応形於無窮。
書き下し
形に因りて勝を衆に措くも、衆は知ること能わず。人は皆な我が勝つ所以の形を知るも、吾が勝を制する所以の形を知る莫し。故に其の戦勝は復せずして、形に応ずること窮まり無し。
現代語訳
敵の形に応じて勝ちを人々の前に示しても、人々にはその仕組みが分からない。誰もがこちらの勝った形は知っているが、どうやって勝ちを作ったのかは知らない。だからその勝ち方は二度と繰り返されず、相手の形に応じて限りなく変化する。
解説
勝った結果は見えるが、勝ちを作った過程は見えない、という指摘である。だからこそ模倣されない。優れた企業のやり方を表面だけ真似ても再現できないのは、この構造による。同時にこれは自戒でもある。自社の成功についても、外から見える形だけを社内で語り継いでいると、次の局面で応用が利かなくなる。勝った形ではなく、なぜその形を選んだのかを言語化して残せるかどうか。「戦勝は復せず」——同じ勝ち方は二度と使えないという前提に立てば、残すべきものは自ずと決まる。
この章句が説くこと
制勝之形再現性模倣言語化応用
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