孫子 / 虚実篇
故形人而我無形,則我專而敵分。我專為一,敵分為十,是以十攻其一也,則我衆而敵寡。能以衆擊寡者,則吾之所與戰者,約矣。
新字:故形人而我無形,則我専而敵分。我専為一,敵分為十,是以十攻其一也,則我衆而敵寡。能以衆撃寡者,則吾之所与戦者,約矣。
書き下し
故に人に形せしめて我に形無ければ、則ち我は専まりて敵は分かる。我専まりて一と為り、敵分かれて十と為らば、是れ十を以て其の一を攻むるなり。則ち我は衆くして敵は寡なし。能く衆を以て寡を撃つ者は、則ち吾の与に戦う所の者、約なり。
現代語訳
相手には形を取らせ、こちらは形を見せない。そうすれば味方は一点に集まり、敵は分散する。味方が一つにまとまり、敵が十に分かれれば、十の力で一を攻めることになる。こちらは多勢、敵は無勢だ。多勢で無勢を撃てる者にとって、戦う相手はごく限られたものになる。
解説
局所優位という考え方の原典である。全体の兵力で劣っていても、狙う一点で上回ればよい。そのために必要なのが、こちらの狙いを隠し相手を分散させることである。中小企業が大企業に勝てる理屈がここにある。全方位で戦えば必ず負けるが、相手が守りを薄くした一点に資源を集中すれば、その局面では多勢になれる。問題は、集中する勇気を持てるかどうかだ。あれもこれもと手を広げた瞬間、分散するのはこちらのほうになる。
この章句が説くこと
集中分散局所優位無形選択と集中
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