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修証義 / 第五章 行持報恩

光陰は矢よりも迅かなり。身命は露よりも脆し。何れの善巧方便ありてか。過ぎにし一日を復び還し得たる。徒らに百歲生けらんは、恨むべき日月なり。悲むべき形骸なり。設ひ百歲の日月は、聲色の奴婢と馳走すとも、其中一日の行持を行取せば、一生の百歲を行取するのみに非ず。百歲の佗生をも度取すべきなり。此一日の身命は、尊ぶべき身命なり。貴ぶべき形骸なり。此行持あらん身心、自らも愛すべし。自らも敬ふべし。我等が行持に依りて、諸佛の行持見成し、諸佛の大道通達するなり。然あれば則ち一日の行持、是れ諸佛の種子なり。諸佛の行持なり。

新字:光陰は矢よりも迅かなり。身命は露よりも脆し。何れの善巧方便ありてか。過ぎにし一日を復び還し得たる。徒らに百歳生けらんは、恨むべき日月なり。悲むべき形骸なり。設ひ百歳の日月は、声色の奴婢と馳走すとも、其中一日の行持を行取せば、一生の百歳を行取するのみに非ず。百歳の佗生をも度取すべきなり。此一日の身命は、尊ぶべき身命なり。貴ぶべき形骸なり。此行持あらん身心、自らも愛すべし。自らも敬ふべし。我等が行持に依りて、諸仏の行持見成し、諸仏の大道通達するなり。然あれば則ち一日の行持、是れ諸仏の種子なり。諸仏の行持なり。

書き下し

光陰は矢よりも迅かなり。身命は露よりも脆し。何れの善巧方便ありてか。過ぎにし一日を復び還し得たる。徒らに百歳生けらんは、恨むべき日月なり。悲むべき形骸なり。設ひ百歳の日月は、声色の奴婢と馳走すとも、其中一日の行持を行取せば、一生の百歳を行取するのみに非ず。百歳の佗生をも度取すべきなり。此一日の身命は、尊ぶべき身命なり。貴ぶべき形骸なり。此行持あらん身心、自らも愛すべし。自らも敬ふべし。我等が行持に依りて、諸仏の行持見成し、諸仏の大道通達するなり。然あれば則ち一日の行持、是れ諸仏の種子なり。諸仏の行持なり。

現代語訳

時の流れは矢よりも速い。命は露よりももろい。どんな巧みな手立てがあっても、過ぎ去った一日を取り戻すことはできない。いたずらに百年生きるならば、それは恨むべき月日であり、悲しむべき身体である。たとえ百年の月日を、声や色の欲望の奴隷となって駆け回ったとしても、その中の一日でも行持を行じるならば、一生の百年を行じるだけでなく、次の生の百年をも救うことができる。この一日の命は、尊ぶべき命であり、貴ぶべき身体である。この行持を行う身と心を、自ら愛し、自ら敬いなさい。私たちの行持によって、諸仏の行持が現れ、諸仏の大道が通じるのである。そうであるから、一日の行持は諸仏の種子であり、諸仏の行持なのである。

解説

修証義で最も長く、最も力のこもった節である。出典は『正法眼蔵』行持の巻。過ぎた一日は戻らない、と言いつつ、ただ嘆くのではなく、たった一日の真剣な行いが百年の空費を取り戻すほどの価値を持つ、と逆転させる。そして、そうして行じる自分の身と心を、自ら愛し敬えと続ける。自分を責めるのではなく、今日を大切にする自分を大切にせよという言葉は、忙しさに追われて自分を粗末にしがちな人にこそ届くものだ。

この章句が説くこと

光陰行持一日時間自愛正法眼蔵

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