修証義 / 第四章 発願利生
利行といふは、貴賤の衆生に於きて利益の善巧を廻らすなり。窮龜を見、病雀を見しとき。彼が報謝を求めず。唯單へに利行に催ほさるゝなり。愚人謂はくは利佗を先とせば。自からが利省れぬべしと。爾には非ざるなり。利行は一法なり。普ねく自佗を利するなり。
新字:利行といふは、貴賤の衆生に於きて利益の善巧を廻らすなり。窮亀を見、病雀を見しとき。彼が報謝を求めず。唯単へに利行に催ほさるゝなり。愚人謂はくは利佗を先とせば。自からが利省れぬべしと。爾には非ざるなり。利行は一法なり。普ねく自佗を利するなり。
書き下し
利行といふは、貴賤の衆生に於きて利益の善巧を廻らすなり。窮亀を見、病雀を見しとき。彼が報謝を求めず。唯単へに利行に催ほさるゝなり。愚人謂はくは利佗を先とせば。自からが利省れぬべしと。爾には非ざるなり。利行は一法なり。普ねく自佗を利するなり。
現代語訳
利行とは、身分の高い者にも低い者にも、利益となる巧みな手立てを巡らすことである。窮地にある亀を見、病んだ雀を見たとき、相手の返礼を求めず、ただひたすら利行の心に促されて助けたのである。愚かな人は、他者の利益を先にすれば自分の利益が減ってしまうだろうと言う。そうではない。利行は一つの法である。広く自分と他者をともに利するのである。
解説
四摂法の三つ目、利行である。窮亀と病雀は、中国の故事で、捕らえられた亀を放してやった孔愉、傷ついた雀を介抱した楊宝が、後に恩返しを受けた話を踏まえる。ただし要点は恩返しではなく、見返りを求めずに助けたことにある。人に利益を与えると自分の取り分が減る、という考えを道元は愚かだと退け、利行は自他をともに利する一つのことだと言う。取引を奪い合いと見るか、共に栄える営みと見るか、の違いである。
この章句が説くこと
利行四摂法自利利他共存親切見返り
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