春秋左氏伝 / 昭公十三年 建てて旆せず
懼有不治。奉承齊犧。而布諸君。求終事也。君曰余必廢之。何齊之有。唯君圖之。寡君聞命矣。齊人懼。對曰。小國言之。大國制之。敢不聽從。既聞命矣。敬共以往。遲速唯君。叔向曰。諸侯有間矣。不可以不示眾。八月。辛未。治兵。建而不旆。壬申。復旆之。諸侯畏之。邾人。莒人。愬于晉曰。魯朝夕伐我。幾亡矣。我之不共。魯故之以。晉侯不見公。使叔向來辭曰。諸侯將以甲戌盟。寡君知不得事君矣。請君無勤。子服惠伯對曰。君信蠻夷之訴。以絕兄弟之國。棄周公之後。亦惟君。寡君聞命矣。叔向曰。寡君有甲車四千乘在。雖以無道。行之必可畏也。況其率道。其何敵之有。
新字:懼有不治。奉承斉犠。而布諸君。求終事也。君曰余必廃之。何斉之有。唯君図之。寡君聞命矣。斉人懼。対曰。小国言之。大国制之。敢不聴従。既聞命矣。敬共以往。遅速唯君。叔向曰。諸侯有間矣。不可以不示衆。八月。辛未。治兵。建而不旆。壬申。復旆之。諸侯畏之。邾人。莒人。愬于晋曰。魯朝夕伐我。幾亡矣。我之不共。魯故之以。晋侯不見公。使叔向来辞曰。諸侯将以甲戌盟。寡君知不得事君矣。請君無勤。子服恵伯対曰。君信蠻夷之訴。以絶兄弟之国。棄周公之後。亦惟君。寡君聞命矣。叔向曰。寡君有甲車四千乗在。雖以無道。行之必可畏也。況其率道。其何敵之有。
書き下し
治まらざる有らんことを懼れ、齊犧を奉承して、諸を君に布き、事を終へんことを求むるなり。君曰く『余必ず之を廢せん』と。何の齊か之れ有らん。唯だ君之を圖れ。寡君命を聞けり」と。齊人懼れ、對へて曰く、「小國之を言ひ、大國之を制す。敢へて聽從せざらんや。既に命を聞けり。敬共して以って往かん。遲速は唯だ君のままなり」と。叔向曰く、「諸侯間有り。以って眾を示さざる可からず」と。八月辛未、兵を治め、建てて旆せず。壬申、復た之を旆す。諸侯之を畏る。邾人・莒人、晉に愬へて曰く、「魯朝夕我を伐ち、幾ど亡びんとす。我の共せざるは、魯の故を以ってなり」と。晉侯公を見ず、叔向をして來りて辭せしめて曰く、「諸侯將に甲戌を以って盟はんとす。寡君君に事ふるを得ざるを知れり。請ふ君勤むること無かれ」と。子服惠伯對へて曰く、「君蠻夷の訴へを信じて、以って兄弟の國を絕ち、周公の後を棄つるも、亦た惟だ君のままなり。寡君命を聞けり」と。叔向曰く、「寡君甲車四千乘の在る有り。無道を以ってすと雖も、之を行はば必ず畏る可きなり。況んや其れ道に率はば、其れ何の敵か之れ有らん。
現代語訳
治まらないところが出ることを恐れて、斎戒して清めた犠牲を捧げ持ち、それを諸君の前に並べて、事を最後まで成し遂げようとしているのです。ところが貴君は『私は必ずそれをやめさせる』と言われる。それでは何の斎戒がありましょう。どうか貴君はよくお考えください。わが君はご返答をうかがいました」。斉の人は恐れて答えた。「小国は意見を申し上げ、大国がそれを決するものです。どうして従わずにおりましょう。ご命令は承りました。謹んで盟約の場に参ります。早いか遅いかはすべて貴君にお任せします」。叔向は言った。「諸侯の間にはすき間ができている。軍勢の盛んなところを見せておかなければならない」。八月辛未の日、閲兵を行い、旗竿を立てたが旗の吹き流しはつけなかった。翌壬申の日、今度は吹き流しをつけた。諸侯はこれを見て恐れた。邾と莒の人が晋に訴えて言った。「魯が朝に夕に攻めてきて、ほとんど滅びそうです。われわれが晋への貢ぎ物を納められないのは、魯のせいなのです」。晋侯は魯の昭公に会わず、叔向を遣わして断らせた。「諸侯は甲戌の日に盟約を結ぶことになっています。わが君は、貴君にお仕えいただくことはできないと承知しております。どうか貴君はお骨折りくださらないように」。子服恵伯(魯の大夫)が答えた。「晋君が蛮夷の訴えを信じて兄弟の国(魯)との関係を絶ち、周公の子孫を見捨てられるのも、すべて晋君のお心次第です。わが君はご命令を承りました」。叔向は言った。「わが君には甲車四千乗がある。たとえ道にはずれたやり方で用いても、必ず恐るべきものとなる。まして道に従って用いるなら、何の敵があろうか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『春秋左氏伝』昭公十三年 羹を受けて錦を反す秋、晉侯吳子に良に會せんとす。水道可ならず、吳子辭す。乃ち還る。七月丙寅、兵を邾の南に治む、甲車四千乘。羊舌鮒司馬を攝す。遂に諸侯を平丘に合す。子產・子大叔、鄭伯に相として以って會す。子產幄幕九張を以って行く。子大叔四十を以ってす。既にして之を悔い、舍する每に焉を損ず。會に及びて亦た之の如くす。衛の地に次る。叔鮒貨を衛に求め、芻蕘する者を淫にす。衛人屠伯をして叔向に羹と一篋の錦とを饋らしめて曰く、「諸侯晉に事へて、未だ敢へて攜貳せず。況んや衛は君の宇下に在り、而して敢へて異志有らんや。芻蕘する者他日に異なれり。敢へて之を請ふ」と。叔向羹を受け、錦を反して曰く、「晉に羊舌鮒なる者有り、貨を瀆して厭く無し。亦た將に及ばんとす。此の役を為すや、子若し君命を以って之に賜はば、其れ已まん」と。客之に從ふ。未だ退かざるに之を禁ず。晉人將に盟を尋めんとす。齊人可とせず。晉侯叔向をして劉獻公に告げしめて曰く、「抑齊人盟はず、之を若何せん」と。對へて曰く、「盟は以って信を厎す。
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『春秋左氏伝』昭公十三年 子産、承を争う牛瘠せたりと雖も、豚の上に僨れなば、其れ死せざるを畏れんや。南蒯・子仲の憂、其れ庸ぞ棄つ可けんや。若し晉の眾を奉じ、諸侯の師を用ひ、邾・莒・杞・鄫の怒りに因りて、以って魯の罪を討ち、其の二憂に間せば、何を求めてか克たざらん」と。魯人懼れて命を聽く。甲戌、平丘に同盟す。齊服すればなり。諸侯をして日中に除に造らしむ。癸酉、朝を退く。子產外僕に命じて速やかに除に張らしむ。子大叔之を止め、明日を待たしむ。夕に及び、子產其の未だ張らざるを聞き、速やかに往かしむ。乃ち張る所無し。盟に及びて、子產承を爭ひて曰く、「昔天子貢を班つに、輕重は列を以ってす。列尊ければ貢重きは、周の制なり。卑しくして貢重き者は、甸服なり。鄭伯は、男なり。而るに公侯の貢に從はしむ。給せざるを懼るるなり。敢へて以って請ふと為す。諸侯兵を靖んじ、好以って事と為す。行理の命、月として至らざる無し。貢の藝無く、小國闕有るは、罪を得る所以なり。諸侯盟を脩むるは小國を存するなり。貢獻極まり無くんば、亡ぶること待つ可きなり。存亡の制、
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『春秋左氏伝』襄公二十七年 信を以て人を召す叔向曰く、「何ぞ害あらん。匹夫一たび不信を為すも、猶ほ不可なり。單く其の死に斃る。若し諸侯の卿を合して、以て不信を為さば、必ず捷たざらん。言を食む者は病まず。子の患ひに非ざるなり。夫れ信を以て人を召して、僭を以て之を濟さば、必ず之に與する莫からん。安んぞ能く我を害せん。且つ吾宋に因りて以て病を守らば、則ち夫れ能く死を致さん。宋と死を致さば、楚に倍すと雖も可なり。子何をか懼れん。又是に及ばず。曰く、『兵を弭めて以て諸侯を召し、兵を稱げて以て我を害す』と。吾が庸ゐること多し。患ふる所に非ざるなり」と。季武子、叔孫に謂はしむるに公の命を以てして曰く、「邾・滕に視へよ」と。既にして齊人邾を請ひ、宋人滕を請ふ。皆盟に與らず。叔孫曰く、「邾・滕は人の私なり。我は列國なり。何の故に之に視へん。宋・衛は吾が匹なり」と。乃ち盟ふ。故に其の族を書せざるは、命に違ふを言ふなり。晉・楚先を爭ふ。晉人曰く、「晉は固より諸侯の盟主為り。未だ晉に先んずる者有らず」と。楚人曰く、「子晉・楚は匹なりと言ふ。若し晉常に先んぜば、是れ楚弱きなり。
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『春秋左氏伝』昭公十三年 臣一にして主二其れ何ぞ晉に瘳えん。親を親しみ大に與し、共を賞し否を罰するは、盟主為る所以なり。子其れ之を圖れ。諺に曰く、『臣一にして主二』と。吾豈に大國無からんや」と。穆子韓宣子に告げ、且つ曰く、「楚陳・蔡を滅すも、救ふ能はずして、夷の為に親を執ふ。將た焉んぞ之を用ひん」と。乃ち季孫を歸さんとす。惠伯曰く、「寡君未だ其の罪を知らず。諸侯を合して其の老を執ふ。若し猶ほ罪有らば、死命も可なり。若し罪無しと曰ひて、之を惠免せば、諸侯聞かず、是れ命を逃るるなり。何の免か之れ為さん。請ふ君の惠に會に從はん」と。宣子之を患ひ、叔向に謂ひて曰く、「子能く季孫を歸さんか」と。對へて曰く、「能はず。鮒や能くせん」と。乃ち叔魚を使ふ。叔魚季孫に見えて曰く、「昔鮒や罪を晉君に得て、自ら魯君に歸す。武子の賜微かりせば、今に至らず。骨を晉に歸すを獲と雖も、猶ほ子則ち之に肉するなり。敢へて情を盡くさざらんや。子を歸して鮒を歸さず。諸を吏に聞く、將に子の為に館を西河に除せんとすと。其れ之を若何せん」と。且つ泣く。平子懼れ、先づ歸る。惠伯禮を待つ。
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『春秋左氏伝』昭公十三年 存亡の道君苟くも信有らば、諸侯貳せず、何をか患へん。之に告ぐるに文辭を以ってし、之を董すに武師を以ってせば、齊許さずと雖も、君の庸多からん。天子の老、請ふ王賦を帥ゐて、元戎十乘、以って先づ行を啟かん。遲速は唯だ君のままなり」と。叔向齊に告げて曰く、「諸侯盟を求めて、已に此に在り。今君利とせず、寡君以って請ふと為す」と。對へて曰く、「諸侯貳を討たば、則ち尋盟有り。若し皆命を用ひば、何の盟をか之れ尋めん」と。叔向曰く、「國家の敗るるは、事有りて業無ければ、事則ち經ならず。業有りて禮無ければ、經則ち序あらず。禮有りて威無ければ、序則ち共ならず。威有りて昭らかならざれば、共則ち明らかならず。明らかならずして共を棄つれば、百事終はらず、傾覆する所由なり。是の故に明王の制、諸侯をして歲ごとに聘して以って業を志し、間朝して以って禮を講じ、再朝して會して以って威を示し、再會して盟ひて以って昭明を顯さしむ。業を好に志し、禮を等に講じ、威を眾に示し、明を神に昭らかにす。古より以來、未だ之を或いは失はざるなり。存亡の道、恆に是に由りて興る。晉禮もて盟を主る、
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