春秋左氏伝 / 襄公二十八年 子産、壇を為らず
九月。鄭游吉如晉。告將朝于楚。以從宋之盟。子產相鄭伯以如楚。舍不為壇。外僕言曰。昔先大夫相先君適四國。未嘗不為壇。自是至今。亦皆循之。今子草舍。無乃不可乎。子產曰。大適小。則為壇。小適大。苟舍而已。焉用壇。僑聞之。大適小。有五美。宥其罪戾。赦其過失。救其菑患。賞其德刑。教其不及。小國不困。懷服如歸。是故作壇以昭其功。宣告後人。無怠於德。小適大有五惡。說其罪戾。請其不足。行其政事。共其職貢。從其時命。
新字:九月。鄭游吉如晋。告将朝于楚。以従宋之盟。子産相鄭伯以如楚。舎不為壇。外僕言曰。昔先大夫相先君適四国。未嘗不為壇。自是至今。亦皆循之。今子草舎。無乃不可乎。子産曰。大適小。則為壇。小適大。苟舎而已。焉用壇。僑聞之。大適小。有五美。宥其罪戻。赦其過失。救其菑患。賞其徳刑。教其不及。小国不困。懐服如帰。是故作壇以昭其功。宣告後人。無怠於徳。小適大有五悪。説其罪戻。請其不足。行其政事。共其職貢。従其時命。
書き下し
九月、鄭の游吉晉に如き、將に楚に朝して以て宋の盟に從はんとするを告ぐ。子產、鄭伯を相けて以て楚に如く。舍して壇を為らず。外僕言ひて曰く、「昔、先大夫、先君を相けて四國に適くに、未だ嘗て壇を為らずんばあらず。是れより今に至るまで、亦た皆之に循ふ。今子草舍す、乃ち不可なる無からんか」と。子產曰く、「大、小に適けば、則ち壇を為る。小、大に適けば、苟も舍するのみ。焉んぞ壇を用ゐん。僑之を聞く、大、小に適くに五美有り。其の罪戾を宥し、其の過失を赦し、其の菑患を救ひ、其の德刑を賞し、其の及ばざるを教ふ。小國困しまず、懷服すること歸するが如し。是の故に壇を作りて以て其の功を昭らかにし、後人に宣告して、德に怠ること無からしむ。小、大に適くに五惡有り。其の罪戾を說き、其の足らざるを請ひ、其の政事を行ひ、其の職貢を共し、其の時命に從ふ。
現代語訳
九月、鄭の游吉が晋に行き、鄭が楚に朝見して宋の盟の取り決めに従おうとしていることを告げた。子産は鄭伯(簡公)を補佐して楚に行った。宿営しても、壇(盟会や儀礼のための土の台)を築かなかった。外僕(宿営の設営を担当する役人)が言った。「昔、先代の大夫が先代の君を補佐して四方の国に行かれたとき、壇を築かなかったことは一度もありません。それ以来今に至るまで、皆その例に従ってきました。いまあなたは草を払っただけで宿営なさっています。それはよくないのではありませんか」。子産は言った。「大国が小国に行くときは壇を築く。小国が大国に行くときは、ともかく宿営するだけでよい。どうして壇が要ろう。私はこう聞いている。大国が小国に行くときには五つのよいことがある。小国の罪を許し、過失を赦し、災難を救い、徳ある行いと正しい刑罰をほめ、行き届かない点を教える。それで小国は苦しまず、わが家に帰るように心から従う。だからこそ壇を築いてその功績を明らかにし、後の人々に告げ知らせて、徳を怠ることがないようにするのだ。小国が大国に行くときには五つの悪いことがある。自分の罪を弁解し、足りないものを願い出、大国の政令を実行し、貢ぎ物を納め、臨時の命令に従う。
解説
この章句が説くこと
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『春秋左氏伝』昭公五年 始めを敬して終はりを思ふ晉の韓宣子楚に如きて女を送る。叔向介為り。鄭の子皮・子大叔、諸を索氏に勞ふ。大叔叔向に謂ひて曰く、「楚王の汏侈已甚し。子其れ之を戒めよ」と。叔向曰く、「汏侈已甚しきは、身の災ひなり。焉んぞ能く人に及ばん。若し吾が幣帛を奉じ、吾が威儀を慎み、之を守るに信を以てし、之を行ふに禮を以てし、始めを敬して終はりを思はば、終に復せざる無し。從ひて儀を失はず、敬して威を失はず、之を道くに訓辭を以てし、之を奉ずるに舊法を以てし、之を考ふるに先王を以てし、之を度るに二國を以てせば、汏侈と雖も我を若何せん」と。楚に及ぶ。楚子其の大夫を朝せしめて曰く、「晉は吾が仇敵なり。苟も志を得ば、其の他を恤ふる無けん。今其の來たる者は、上卿・上大夫なり。若し吾韓起を以て閽と為し、羊舌肸を以て司宮と為さば、以て晉を辱むるに足り、吾も亦た志を得ん。可ならんか」と。大夫對ふる莫し。薳啟彊曰く、「可なり。苟も其の備へ有らば、何の故に可ならざらん。匹夫を恥づかしむるすら以て備へ無かるべからず、況んや國を恥づかしむるをや。是を以て聖王は禮を行ふに務めて、人を恥づかしむるを求めず。
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『春秋左氏伝』文公十二年 国に陋なし春、郕伯卒す。郕人君を立つ。大子夫鍾と郕邽とを以って來奔す。公諸侯を以って之を逆ふ、禮に非ざるなり。故に書して曰く、「郕伯來奔す」と。地を書せざるは、諸侯を尊ぶなり。杞の桓公來朝す、始めて公に朝するなり。且つ叔姬を絕たんことを請ひて、昏を絕つこと無からんとす、公之を許す。二月、叔姬卒す。杞と言はざるは、絕てばなり。叔姬と書するは、女に非ざるを言ふなり。楚の令尹大孫伯卒し、成嘉令尹と為る。群舒楚に叛く。夏、子孔舒子平、及び宗子を執へ、遂に巢を圍む。秋、滕の昭公來朝す、亦た始めて公に朝するなり。秦伯西乞術をして來聘せしめ、且つ將に晉を伐たんとするを言ふ。襄仲玉を辭して曰く、「君先君の好を忘れず、魯國を照臨し、其の社稷を鎮撫し、之に重ぬるに大器を以ってす。寡君敢へて玉を辭す」と。對へて曰く、「不腆(ふてん)の敝器、辭するに足らざるなり」と。主人三たび辭す。賓答へて曰く、「寡君周公・魯公に福を徼(もと)めて、以って君に事へんことを願ふ。不腆なる先君の敝器、下臣をして諸を執事に致さしめ、以って瑞節と為し、好命を要結す。寡君の命を藉(し)きて、二國の好を結ぶ所以なり。是を以って敢へて之を致す」と。襄仲曰く、「君子有らずんば、其れ能く國せんや。國陋なること無し」と。厚く之に賄す。秦令狐の役の為の故に、
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『春秋左氏伝』襄公二十八年 先事後賄の礼二十八年春、冰無し。梓慎曰く、「今茲(ことし)、宋・鄭其れ饑ゑんか。歲、星紀に在りて、玄枵に淫す。以て時の菑(わざはひ)有り、陰、陽に堪へず。蛇、龍に乘る。龍は宋・鄭の星なり。宋・鄭必ず饑ゑん。玄枵は虛の中なり。枵は秏(へ)るの名なり。土虛しくして民秏る、饑ゑずして何をか為さん」と。夏、齊侯・陳侯・蔡侯・北燕伯・杞伯・胡子・沈子・白狄、晉に朝す。宋の盟の故なり。齊侯將に行かんとす。慶封曰く、「我は盟に與らず、何為れぞ晉に於いてせん」と。陳文子曰く、「事を先にし賄を後にするは、禮なり。小、大に事へ、未だ事ふるを獲ずして、之に從ふこと志の如くするは、禮なり。盟に與らずと雖も、敢へて晉に叛かんや。重丘の盟、未だ忘るべからざるなり。子其れ行くを勸めよ」と。衛人、甯氏の黨を討つ。故に石惡、晉に出奔す。衛人、其の從子圃を立て、以て石氏の祀を守らしむ。禮なり。邾の悼公來朝す。時の事なり。
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