長短経 / 運命
此畧言其本而不語其詳。嘗試論之曰、命也者、天之授也、徳也者、命之本也。皇靈雖隂隲下人、定於冥兆。然興亡、長短、以徳為凖若德循於曩、則命定於今。然則今之定命、皆曩之徳也明矣。夫命之在徳、則吉凶禍福不由天也、命定於今、則賢聖、鬼神不能移也。故君子盡心焉、盡力焉、以邀命也。此運命之至也。〕《易》曰、「窮理盡性、以至於命。」此之謂矣。
新字:此略言其本而不語其詳。嘗試論之曰、命也者、天之授也、徳也者、命之本也。皇霊雖陰隲下人、定於冥兆。然興亡、長短、以徳為凖若徳循於曩、則命定於今。然則今之定命、皆曩之徳也明矣。夫命之在徳、則吉凶禍福不由天也、命定於今、則賢聖、鬼神不能移也。故君子尽心焉、尽力焉、以邀命也。此運命之至也。〕《易》曰、「窮理尽性、以至於命。」此之謂矣。
書き下し
此れ略其の本を言いて其の詳を語らず。嘗試みに之を論じて曰く、命なる者は、天の授くるなり。徳なる者は、命の本なり。皇霊は陰かに下人を隲し、冥兆に定むと雖も、然れども興亡・長短は、徳を以て準と為す。若し徳曩に循えば、則ち命今に定まる。然らば則ち今の定命は、皆曩の徳なること明らかなり。夫れ命の徳に在れば、則ち吉凶禍福は天に由らず。命今に定まれば、則ち賢聖・鬼神も移すこと能わず。故に君子は心を尽くし、力を尽くして、以て命を邀うるなり。此れ運命の至りなり。〕易に曰く「理を窮め性を尽くして、以て命に至る」と。此の謂いなり。
現代語訳
これらはおおよそ根本を言って、詳しくは語っていない。試しに論じてみよう。命とは天が授けるものである。徳とは命の根本である。天の神はひそかに人々を定め、目に見えない兆しの中で決めるとはいえ、興亡や寿命の長短は徳を基準とする。もし昔に徳に従っていれば、命は今に定まる。そうであれば、今定まっている命は皆、昔の徳によるものであることは明らかである。命が徳にあるなら、吉凶禍福は天によるのではない。命が今に定まっているなら、賢人や聖人や鬼神でも動かせない。だから君子は心を尽くし力を尽くして運命を迎えるのである。これが運命の極みである。〕『易』に「理を窮め、性を尽くして、命に至る」とある。このことを言うのである。
解説

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