論語 / 憲問篇
微生畝謂孔子曰:「丘,何爲是栖栖者與?無乃爲佞乎?」孔子曰:「非敢爲佞也,疾固也。」
新字:微生畝謂孔子曰:「丘,何為是栖栖者与?無乃為佞乎?」孔子曰:「非敢為佞也,疾固也。」
書き下し
微生畝、孔子に謂いて曰く、「丘、何為れぞ是れ栖栖たる者ぞ。乃ち佞を為すこと無からんや。」孔子曰く、「敢えて佞を為すに非ざるなり、固を疾むなり。」
現代語訳
微生畝が孔子に言った。「丘よ、どうしてそんなに落ち着きなく諸国を巡っているのか。口先で取り入ろうとしているのではないか。」孔子はおっしゃった。「あえて口先で取り入ろうとしているのではありません。頑なであることを憎むのです。」
解説
諸国を巡る孔子を、売り込みだと批判した相手への返答である。孔子は否定したうえで、自分の動機を疾固、つまり頑なさを憎むことだと述べた。一か所に留まって動かないこと、既存の秩序を疑わないこと。それを嫌うから動いている、と。売り込みではなく、変えようとしているのだ、という主張である。批判に対する応答として学ぶところがある。まず否定し、次に自分の動機を短く述べた。長い弁明をしていない。しかも、相手の批判をそのまま裏返している。落ち着きがないと言われて、落ち着いていることの弊害を挙げた。批判の言葉を借りて、価値観の違いを明示している。行動が理解されないとき、説明の長さではなく、動機の一語で示すほうが伝わることがある。
この章句が説くこと
動機批判頑迷応答孔子
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