尚書 / 君奭
惟乃知民德,亦罔不能厥初,惟其終
新字:惟乃知民徳,亦罔不能厥初,惟其終
書き下し
惟れ乃ち民の德を知るに、亦た厥の初めに能くせざる罔く、惟れ其れ終わりのみ。
現代語訳
民を治める徳を知るということについていえば、誰もが初めをうまく行えないわけではない。問題はその終わりを全うできるかどうかである。
解説
物事は始めることよりも、最後までやり遂げることのほうがはるかに難しいと説く一句である。新しい仕事や習慣を始めるときは誰もが意欲的で、それなりにうまく滑り出せるものだが、時間が経つにつれ緊張感が薄れ、当初の志を保てなくなっていく。評価されるべきは意気込んで始めた瞬間ではなく、地道な時間を経てなお続けられているかどうかである。始めの勢いより、終わりまでの持続に目を向けたい。
この章句が説くこと
有終継続持続力
関連する章句
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牧民忠告・受代政(まつりごと)を為す者は始めに難(かた)からずして、終わりを克(よ)くするに難し。初めは則ち鋭く、中ごろは則ち緩み、末は則ち廃するは、人の情なり。終わりを慎むこと始めの如くす、故に君子はこれを称す。
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尚書・咸有一德七世の廟は、以て徳を観るべし。万夫の長は、以て政を観るべし。
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