司馬法 / 仁本
知終知始,是以明其智也。
書き下し
終わりを知り始めを知る、是を以てその智を明らかにするなり。
現代語訳
物事の終わりを知り始まりを知る、そうすることでその智恵が明らかになるのである。
解説
物事の始まりだけでなく終わりまで見通す力こそが智恵であるという普遍的な教えである。始めるときの勢いや理想だけを見て、どう収束させるかを考えずに動き出せば、途中で行き詰まったり収拾がつかなくなったりしやすい。計画を立てるとき、仕事を引き受けるとき、関係を始めるときにも、どのように終えるかまで含めて見通しておく姿勢が問われている。
この章句が説くこと
智恵見通し始終
関連する章句
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司馬法・仁本古者(いにしえ)は仁を以て本と為し、義を以てこれを治め、これを治めて正と為す。
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牧民忠告・受代政(まつりごと)を為す者は始めに難(かた)からずして、終わりを克(よ)くするに難し。初めは則ち鋭く、中ごろは則ち緩み、末は則ち廃するは、人の情なり。終わりを慎むこと始めの如くす、故に君子はこれを称す。
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尚書・君奭惟れ乃ち民の德を知るに、亦た厥の初めに能くせざる罔く、惟れ其れ終わりのみ。
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司馬法・嚴位陳(じん)することの難きに非ず、人をして陳す可からしむることの難きなり。人をして陳す可からしむることの難きに非ず、人をして用う可からしむることの難きなり。知ることの難きに非ず、行うことの難きなり。
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司馬法・仁本故に仁は親しまるるに見(あら)われ、義は說(よろこ)ばるるに見われ、智は恃(たの)まるるに見われ、勇は身を以て見われ、信は信ぜらるるに見わる。
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司馬法・嚴位凡そ大善は本を用い、其の次は末を用う。略を執り微を守り、本末は唯(た)だ権(はか)るのみ、戦なり。