尚書 / 無逸
文王卑服,即康功田功。徽柔懿恭,懷保小人,惠鮮鰥寡。自朝至于日中昃,不遑暇食,用咸和萬民
新字:文王卑服,即康功田功。徽柔懿恭,懐保小人,恵鮮鰥寡。自朝至于日中昃,不遑暇食,用咸和万民
書き下し
文王は卑服して、康功・田功に即く。徽柔懿恭にして、小人を懷保し、鰥寡を惠鮮す。朝より日中昃に至るまで、食に遑暇あらず、用て萬民を咸和す。
現代語訳
文王は質素な服装のまま、治水や土木の仕事、農事に自ら従事した。柔和で慎み深く、民を慈しみ守り、やもめや独り身の者にも恵みを施した。朝から日が傾くまで食事をとる暇もなく働き、こうしてすべての民を和らげ治めた。
解説
理想の君主とされる文王が、粗末な身なりのまま自ら現場の仕事に汗を流し、食事の時間さえ惜しんで人々のために働いた様子を描く一句である。地位や肩書きが上がるほど、現場から距離を置き、身なりや言葉を飾りたくなるものだが、文王はその逆を行った。誰かのために時間や手間を惜しまず注ぐ姿は、それだけで周囲の信頼を静かに積み上げていく。飾らずに動くことの説得力を、この一節は伝えている。
この章句が説くこと
率先垂範勤勉慈しみ
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