尚書 / 召誥
我不可不監于有夏,亦不可不監于有殷
書き下し
我は夏に監みざるべからず、亦た殷に監みざるべからず。
現代語訳
われわれは(滅びた)夏王朝の姿を鑑みないわけにはいかない。同様に殷王朝の姿も鑑みないわけにはいかない。
解説
夏や殷という、かつて滅びた王朝の姿を鑑みよと説く一句である。人は自分自身の失敗からは学べても、他人や過去の出来事からはなかなか教訓を引き出そうとしない。仕事でも家庭でも、うまくいかなかった前例を都合よく忘れてしまえば、同じつまずきを繰り返すことになる。過去を他人事にせず、自分の判断の材料として振り返る姿勢こそが、同じ轍を踏まないための出発点である。

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歴史教訓振り返り
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尚書・召誥我敢て知りて曰はず、有夏天命に服し、惟れ歴年有りと。我敢て知りて曰はず、其れ延びず、惟れ厥の徳を敬せざれば、乃ち早く厥の命を墜とすと。我敢て知りて曰はず、有殷天命を受け、惟れ歴年有りと。我敢て知りて曰はず、其れ延びず、惟れ厥の徳を敬せざれば、乃ち早く厥の命を墜とすと。今王嗣ぎて厥の命を受く、我も亦惟れ茲の二国の命を、嗣ぎて功を若(したが)ふ。王乃ち初めて服す。嗚呼(ああ)、
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尚書・召誥古の先民有夏を相るに、天迪き従ひて子のごとく保ち、面して天に稽へ若(したが)ひしも、今時既に厥の命を墜とせり。今有殷を相るに、天迪き格(いた)りて保ち、面して天に稽へ若ひしも、今時既に厥の命を墜とせり。今沖子嗣ぐ、則ち寿耇(じゅこう)を遺すこと無かれ。曰く、其れ我が古人の徳を稽へよ、矧んや曰く其れ能く謀を天より稽ふること有らんをや。嗚呼(ああ)、王有りて小なりと雖も、元子なるかな。其れ丕いに能く小民に諴(やはら)げば、今休ならん。王敢て後れず、用て民の碞(がん)を顧み畏れよ。王来りて上帝を紹ぎ、自ら土中に服せよ。旦曰く、『其れ大邑を作り、其れ時れより皇天に配し、上下を毖祀し、其れ時れより中乂せん。王厥れ成命有り、民を治めて、今休ならん』と。王先づ殷の御事を服し、我が有周の御事に比介せよ。性を節せば、惟れ日に其れ邁(すす)まん。王敬みて所を作す、徳を敬せざるべからず。
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尚書・多士惟れ殷の先人に冊有り典有り。
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『潜夫論』思賢国の存する所以の者は、治なり。其の亡ぶる所以の者は、乱なり。人君治を好み乱を悪み、存を楽しみ亡を畏れざる莫し。然れども常に上記を観るに、近古已来、亡代三有り、穢国数えず。夫れ何ぞや。其の敗を察するに、皆君常に其の乱るる所を好みて其の治まる所を忘れ、其の存する所以を憎みて其の亡ぶる所以を愛するに由る。是れ相い去ること百世、年を県つること一紀、九州を限り隔て、俗を殊にすること千里と雖も、然れども其の已に征せし敗跡は、規を重ね矩を襲ぬるが若く、節を稽え符を合わするが若し。故に曰く、「堯舜の美有りと雖も、必ず周頌に考う。桀紂の悪有りと雖も、必ず版蕩に譏る。殷鑑遠からず、夏后の世に在り」と。
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尚書・酒誥我聞く亦惟れ曰く、『今の後嗣王に在りては、身を酣(たの)しましめ、厥の命民に顕らかならず、祗み保つは越に怨みにして、易(か)へず。誕(おほ)いに惟れ厥の縦淫泆を非彝に于いてし、燕を用て威儀を喪ひ、民衋(いた)みて心を傷ましめざる罔し。惟れ酒に荒腆(こうてん)し、惟れ自ら息(や)めず、乃ち逸す。厥の心疾很(しつこん)にして、死を畏るる克はず。辜商邑に在り、越に殷国滅ぶるも罹(うれ)ふる無し。徳の馨香、祀りて登りて天に聞こゆるに惟はず、誕いに惟れ民の怨み、庶群自ら酒し、腥(なまぐさ)きこと上に聞こゆ。故に天喪を殷に降し、殷を愛する罔し、惟れ逸なればなり。天虐なるに非ず、惟れ民自ら辜を速(まね)く。』」王曰く、「封よ。予惟れ茲の若く多く誥ぐるのみならず。古人言へる有り、曰く、
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論語・八佾篇子曰く、『夏の礼、吾能く之を言う。杞は徵すに足らず。殷の礼、吾能く之を言う。宋は徵すに足らず。文献足らざる故なり。足らば、則ち吾能く之を徵せん。』