尚書 / 召誥
我不可不監于有夏,亦不可不監于有殷
書き下し
我は夏に監みざるべからず、亦た殷に監みざるべからず。
現代語訳
われわれは(滅びた)夏王朝の姿を鑑みないわけにはいかない。同様に殷王朝の姿も鑑みないわけにはいかない。
解説
夏や殷という、かつて滅びた王朝の姿を鑑みよと説く一句である。人は自分自身の失敗からは学べても、他人や過去の出来事からはなかなか教訓を引き出そうとしない。仕事でも家庭でも、うまくいかなかった前例を都合よく忘れてしまえば、同じつまずきを繰り返すことになる。過去を他人事にせず、自分の判断の材料として振り返る姿勢こそが、同じ轍を踏まないための出発点である。
この章句が説くこと
歴史教訓振り返り
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