尚書 / 多士
惟殷先人有冊有典
書き下し
惟れ殷の先人に冊有り典有り。
現代語訳
殷の祖先たちには、記録された冊と典があった。
解説
殷という王朝の祖先には文書による記録が残されていた、という事実を淡々と述べる一句である。記憶は薄れ、都合よく書き換わってしまうが、書き記されたものは後に残り、誰もが立ち返って確かめることができる。仕事の取り決めや家族との約束も、口約束だけに頼れば後で食い違いが生まれやすい。何を大切にし、何を決めたのかを形にして残しておくことは、過去の自分や次の世代への誠実さの表れでもある。
この章句が説くこと
記録文書継承
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