尚書 / 泰誓中
天視自我民視,天聽自我民聽
新字:天視自我民視,天聴自我民聴
書き下し
天の視るは我が民の視るに自り、天の聴くは我が民の聴くに自る。
現代語訳
天が見るところは民が見るところによっており、天が聴くところは民が聴くところによっている。
解説
天という抽象的な意思は、実は身近な人々の目や耳を通して現れるのだという考え方である。物事の是非や自分の判断が正しいかどうかを確かめたいとき、遠くの理屈より、周りの人が実際に何を見て何を感じているかに耳を傾けることが手がかりになる。自分の内側だけで完結させず、他者の目を鏡として使う姿勢を教えてくれる句である。なお、本篇は東晋期に伝わった古文尚書に属し、後世の編纂とみる説が有力である。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
天視民視民意天意
関連する章句
-
尚書・皐陶謨天の聡明なるは、我が民より聡明にす。天の明畏なるは、我が民より明威にす。
-
『都鄙問答』卷之三・性理問答ノ段曰く、天人は一とは聞ども、我も天地と一致なること、落著しがたし。汝は此理を知れりや。曽て得心せざることはいはれまじきが、如何なることぞや。答、書経大誓に曰く、天の視るは我が民の視るに自り、天の聴くは我が民の聴くに自るとあり。天の心は人なり、人の心は天なり。此故に、古今に通て一なり。汝今物語の相手は誰ぞや。
-
尚書・太甲下惟れ天は親しむこと無く、克く敬する惟れ親しむ。民は常に懐くこと罔く、仁有るに懐く。
-
尚書・泰誓上惟れ天地は、万物の父母なり。惟れ人は、万物の霊なり。
-
尚書・蔡仲之命皇天は親しむ無く、惟れ德を是れ輔く。民心は常無く、惟れ惠を之れ懷く。
-
尚書・酒誥人は水に監る無く、当に民に監るべし。