尚書 / 說命上
惟木從繩則正,后從諫則聖
新字:惟木従縄則正,后従諫則聖
書き下し
惟れ木は縄に従えば則ち正しく、后は諫に従えば則ち聖なり。
現代語訳
木材は墨縄(すみなわ)に従って削れば真っすぐになり、君主は諫言に従えば聖明な人物となる。
解説
木材がまっすぐになるのは、自らの癖や曲がりを職人の引く線に委ねるからであり、決して自分の感覚だけで削ってまっすぐにできるものではない。人も同じで、自分では気づけない歪みや偏りを、他者からの率直な指摘によって正していくことができる。忠告を素直に受け入れる姿勢は、弱さの表れではなく、むしろ自分を磨き続けるための確かな技術だと、この一句は教えている。なお、本篇は東晋期に伝わった古文尚書に属し、後世の編纂とみる説が有力である。

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諫言矯正成長
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