菜根譚 / 前集
耳中常聞逆耳之言,心中常有拂心之事,纔是進德修行的砥石。若言言悅耳,事事快心,便把此生埋在鴆毒中矣。
新字:耳中常聞逆耳之言,心中常有払心之事,纔是進徳修行的砥石。若言言悦耳,事事快心,便把此生埋在鴆毒中矣。
書き下し
耳中に常に逆耳の言を聞き、心中に常に拂心の事有り。纔(はじ)めて是れ徳を進め行を修むるの砥石なり。若し言言耳を悦ばしめ、事事心を快くせば、便ち此の生を把(と)りて鴆毒の中に埋(うず)むるならん。
現代語訳
耳に常に逆らう言葉を聞き、心に常に思い通りにならない事がある。それでこそ、徳を進め行いを修める砥石となる。もし言葉がすべて耳に心地よく、事がすべて心に快ければ、この人生を毒の中に埋めることになる。
解説
リーダーにとって、耳に心地よい言葉ばかりが聞こえ、すべてが思い通りに進む環境は、一見快適ですが、実は成長を阻む「毒」となり得ます。真の進歩は、耳障りな批判や、困難な状況に直面することで促されるものです。組織の健全性を保つためには、あえて異論に耳を傾け、不都合な現実から目を背けない姿勢が不可欠です。居心地の良さの中に潜む停滞に、常に警戒心を持つべきでしょう。
この章句が説くこと
耳中常聞逆耳之言便把此生埋在鴆毒中矣快適さという毒諫言傾聴成長
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