尚書 / 伊訓
立愛惟親,立敬惟長,始于家邦,終于四海
書き下し
愛を立つるは親を惟(こ)れとし、敬を立つるは長を惟れとす。家邦に始まりて、四海に終わる。
現代語訳
愛情を育むにはまず身近な親から始め、敬意を育むにはまず年長者から始める。それが家や国から始まり、やがて天下全体にまで及んでいく。
解説
愛や敬意は遠い誰かに向ける前に、まず身近な親や年長者との関係の中で育まれるという考え方を示す句である。壮大な理想を語る前に、目の前の家族や身近な人にどう接しているかが問われている。身近な人を大切にできない人が、遠くの誰かを大切にできるはずがないという見方は、今の人間関係にもそのまま当てはまるだろう。大きなことを成そうとする前に、足元の関係を丁寧に扱うことが、結局は遠くまで届く力になる。なお、本篇は東晋期に伝わった古文尚書に属し、後世の編纂とみる説が有力である。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
家族愛敬長近きより遠きへ
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『家道訓』巻之一・総論上一凡、家ををさむるに、まづ父子兄弟夫婦の三親をあつくすべし。古語に、父子したしみ兄弟和し、夫婦正しきは家の肥えたるなりといへり。もし三親和せずんば、富めりといへども家のやせたるなり。一凡家にありて家人にまじはるには、善を行ひて悪をいましむる、是を要とす。善を行はざれば人の道たたず。善を行ふには愛敬を本とすべし。愛とは、人をあはれみておろそかにせざるなり。敬とは、人をうやまひてあなどらざるなり。此の二は、凡人倫にまじはりて、善を行ふ心法なり。善をするは愛敬の外になし。父母を愛敬するを本として、兄弟夫婦親戚下人に対するも皆然るべし。各其人の品によりて愛敬すべし。うとけれどもおろそかにすべからず。是愛なり。賤しけれども侮るべからず。是敬なり。
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尚書・伊訓上に居りては克(よ)く明らかに、下と為りては克く忠なれ。人に与(くみ)するに備わるを求めず、身を検するに及ばざるが若(ごと)くせよ。
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『慎思録』巻之一聖人の人を教ふるや、人倫を厚くするに在り。人倫を厚くするの道は、人を愛し人を敬するを以て本と為す。是れ愛敬は、人倫を厚くするの道なり。父母に愛敬するは、又其の本なり。幼学の輩を教ふるに、先づ須らく愛敬を以てすべし。夫れ温恭にして自ら虚しくするは、子弟為る者の当に先づ服行すべき所なり。是れ乃ち人倫に接して善を為すの始めなり。
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孔子家語・哀公問政公曰わく、「子の寡人に教うる備われり、敢えて行うの始むる所を問う。」孔子曰わく、「愛を立つるは親より始む、民に睦を教うるなり。敬を立つるは長より始む、民に順を教うるなり。之れに慈睦を教えて、民親有るを貴び、之れに敬を以て教えて、民命を用うるを貴ぶ。民既に親に孝にして、又た順いて以て命を聴かば、諸を天下に措きて可ならざる所無し。」公曰わく、「寡人既に此の言を聞くを得たり、果たして行うこと能わずして罪咎を獲んことを懼る。」