尚書 / 胤征
威克厥愛,允濟;愛克厥威,允罔功
新字:威克厥愛,允済;愛克厥威,允罔功
書き下し
威、厥(そ)の愛に克(か)てば、允(まこと)に済(な)る。愛、厥の威に克てば、允に功罔(な)し。
現代語訳
厳しさが情に勝てば、物事は本当にうまく成し遂げられる。情が厳しさに勝てば、本当に成果は上がらない。
解説
威(厳しさ・けじめ)と愛(情け・甘さ)のどちらが優位に立つかで、事の成否が分かれるという句である。人に情けをかけること自体は悪くないが、けじめを曖昧にしたまま情けだけを優先すると、結局は誰のためにもならない結果を招きやすい。子育てでも、部下への指導でも、友人へのお節介でも、優しさが甘さにすり替わっていないか見直す価値がある。厳しさと愛情は対立するものではなく、順序とバランスの問題として捉えるとよい。なお、本篇は東晋期に伝わった古文尚書に属し、後世の編纂とみる説が有力である。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
信賞必罰情理けじめ
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史記 張釈之馮唐列伝臣愚かにして、以為へらく陛下の法太だ明らかにして、賞太だ軽く、罰太だ重しと。且つ雲中の守魏尚は、上功の首虜六級を差(たが)へしに坐して、陛下之を吏に下し、其の爵を削り、之を罰作す。此れに由りて之を言へば、陛下廉頗・李牧を得と雖も、用ふること能はざるなり。臣誠に愚かにして、忌諱に触る。死罪死罪」と。文帝説(よろこ)ぶ。是の日馮唐をして節を持して魏尚を赦さしめ、復た以て雲中の守と為し、而して唐を拝して車騎都尉と為し、中尉及び郡国の車士を主らしむ。七年、景帝立ち、唐を以て楚の相と為し、免ぜらる。武帝立ち、賢良を求め、馮唐を挙ぐ。唐時に年九十余、復た官を為すこと能はず。乃ち唐の子馮遂を以て郎と為す。遂は字は王孫、亦奇士にして、余と善し。太史公曰く、張季の長者を言ふ、法を守りて意に阿(おもね)らず。馮公の将率を論ずる、味有るかな、味有るかな。語に曰く「其の人を知らずんば、其の友を視よ」と。二君の称誦する所は、廊廟に著すべし。書に曰く「偏せず党せず、王道蕩蕩たり。党せず偏せず、王道便便たり」と。張季・馮公之に近し。
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『韓非子』心度第五十四刑勝てば民静かに、賞繁ければ姦生ず。故に民を治むる者は、刑勝つは、治の首なり、賞の繁きは、亂の本なり。
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『春秋左氏伝』僖公二十八年 魏犨、距躍三百三月、丙午、曹に入る。之を數むるに、其の僖負羈を用ゐずして軒に乘る者三百人なるを以てす。且つ曰く、「狀を獻ぜよ」と。僖負羈の宮に入る無くして其の族を免さしむ、施しに報ゆるなり。魏犨・顛頡怒りて曰く、「勞を之れ圖らず、報ゆるに何か有らん」と。僖負羈氏を爇く。魏犨胸を傷つく。公之を殺さんと欲するも其の材を愛し、問はしめ、且つ之が病を視しむ。將に之を殺さんとす。魏犨胸を束ね、使者に見えて曰く、「君の靈を以て、寧んずること有らず」と。距躍すること三百、曲踊すること三百。乃ち之を舍し、顛頡を殺して以て師に徇へ、舟之僑を立てて以て戎右と為す。宋人門尹般をして晉の師に如きて急を告げしむ。公曰く、「宋人急を告ぐ、之を舍けば、則ち絕たん。楚に告ぐるも、許さず。我戰はんと欲す、齊・秦未だ可ならず、之を若何せん」と。先軫曰く、「宋をして我を舍てて齊・秦に賂ひ、之に藉りて楚に告げしめん。我曹君を執へて曹・衛の田を分かちて以て宋人に賜はん。楚は曹・衛を愛す、必ず許さざらん。喜び・賂ひ・怒り・頑なり、能く戰ふこと無からんや」と。公說び、曹伯を執へ、曹・衛の田を分かちて以て宋人に畀ふ。
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