尚書 / 伊訓
作善降之百祥,作不善降之百殃
書き下し
善を作(な)せば之に百祥(ひゃくしょう)を降し、不善を作せば之に百殃(ひゃくおう)を降す。
現代語訳
善い行いをすれば天は数々の幸いを下し、善くない行いをすれば天は数々の災いを下す。
解説
善悪の行いに応じて天が福や災いをもたらすという、素朴でありながら根強い因果応報の考え方を示す句である。実際には善行がすぐに報われるとは限らず、この言葉をそのまま信じられない場面も多いだろう。それでも、日々の小さな善意や不誠実の積み重ねが、巡り巡って自分の周りの空気や関係を形づくっていくという実感は、多くの人が持っているはずである。目先の得失だけでなく、積み重ねの先に何が待つかを考えさせる言葉として読むとよい。なお、本篇は東晋期に伝わった古文尚書に属し、後世の編纂とみる説が有力である。
この章句が説くこと
因果応報善行積み重ね
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