二宮翁夜話 / 巻之一
翁高野某を諭して曰、物各命あり数あり、猛火の近づくべからざるも、薪尽れば火は随てきゆるなり、矢玉の勢、あたる処必破り必殺すも、弓勢つき、薬力尽れば叢の間に落ちて、人に拾はるゝにいたる、人も其如し、おのれが勢、世に行はるゝとも、己が力と思ふべからず、親先祖より伝へ受けたる位禄の力と、拝命したる官職の威光とによるが故なり、夫れ先祖伝来の位禄の力か、職の威光がなければ、いかなる人も、弓勢の尽たる矢、薬力の尽たる鉄炮玉に異ならず、草間に落て、人に愚弄さるゝに至るべし、思はずばあるべからず。
書き下し
翁(おきな)高野某(こうのそれがし)を諭して曰(いわ)く、物各(おのおの)命(めい)あり数(すう)あり、猛火の近づくべからざるも、薪(たきぎ)尽(つ)くれば火は随(したがっ)てきゆるなり、矢玉の勢(いきおい)、あたる処必(かなら)ず破り必ず殺すも、弓勢(きゅうぜい)つき、薬力(やくりょく)尽くれば叢(くさむら)の間に落ちて、人に拾はるゝにいたる、人も其如し、おのれが勢、世に行はるゝとも、己(おのれ)が力と思ふべからず、親先祖より伝へ受けたる位禄(いろく)の力と、拝命したる官職の威光とによるが故なり、夫(そ)れ先祖伝来の位禄の力か、職の威光がなければ、いかなる人も、弓勢の尽(つき)たる矢、薬力の尽たる鉄炮玉(てっぽうだま)に異ならず、草間に落て、人に愚弄(ぐろう)さるゝに至るべし、思はずばあるべからず。
現代語訳
翁(二宮尊徳)が高野某を諭して言われた。物にはそれぞれ命数(寿命・限り)がある。近づけないほどの猛火も、薪が尽きればそれにつれて消える。矢や弾丸の勢いは、当たれば必ず貫き必ず殺すが、弓の勢いが尽き、火薬の力が尽きれば、草むらの間に落ちて人に拾われるようになる。人もこれと同じだ。自分の勢いが世に行き渡っていても、それを自分の力だと思ってはならない。親や先祖から伝え受けた位や禄の力と、任命された官職の威光によるからである。もし先祖伝来の位禄の力や職の威光がなければ、どんな人も、勢いの尽きた矢、火薬の切れた鉄砲玉と変わらず、草むらに落ちて人に馬鹿にされるに至るだろう。このことをよく考えずにはいられない。
解説
尊徳は、地位や権勢を「自分の力」と思い込む慢心を戒めます。猛火も薪が尽きれば消え、勢いよく飛ぶ矢も力が尽きれば草むらに落ちて拾われる。人の権勢も同じで、それは先祖から受け継いだ位禄や、任じられた官職の威光によって支えられているにすぎない、と説きます。その裏づけを失えば、勢いを失った矢のように人から侮られる。ここには、今ある地位を当然の権利と思わず、先祖の積徳や周囲の支えへの感謝を忘れるなという報徳の思想があります。恵みを受けたら徳を以て報いる――至誠と報恩の精神が根底にあります。現代でも、肩書きや組織の後ろ盾を自分の実力と錯覚すれば、それを失ったとき何も残りません。今の立場を支えるものへの感謝と自覚を促す、謙虚さの教えです。
この章句が説くこと
二宮翁夜話報徳慢心報恩位禄謙虚
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