尚書 / 皐陶謨
兢兢業業,一日二日萬幾
新字:兢兢業業,一日二日万幾
書き下し
兢兢業業(きょうきょうぎょうぎょう)として、一日二日に萬幾(ばんき)あり。
現代語訳
戦々恐々として慎み深く事にあたるべきであり、たった一日二日の間にも、無数の物事の兆しが生まれてくるものである。
解説
「戦々恐々」の語源となった一節であり、大きな出来事だけでなく、わずか一日二日という短い時間の中にも無数の兆しが生まれ変化していくのだと説く。日々は代わり映えしないように見えても、実際には小さな判断や兆候が絶えず積み重なっており、それを見過ごさない緊張感が求められる。慢心して気を緩めた瞬間に見落とすのは、たいてい大きな出来事ではなく、こうした日々の小さな兆しの方である。人はどうしても目立つ出来事にばかり注意を向けがちだが、本当に大切な変化は静かに始まっている。
この章句が説くこと
兢兢業業万幾慎重
関連する章句
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『墨子』貴義子墨子曰く、今、士の身を用うるは、商人の一布を用うるの慎しみに若かざるなり。商人、一布を用うるに、敢えて茍くも繼ぎて讎らず、必ず良き者を擇ぶ。今、士の身を用うるは則ち然らず。意の欲する所は則ち之を為す。厚き者は刑罰に入り、薄き者は毁醜を被る。則ち士の身を用うるは、商人の一布を用うるの慎しみに若かざるなり。
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論語・述而篇子の慎む所は、斉・戦・疾なり。
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論語・為政篇子張禄を干(もと)むを学ぶ。子曰く、多く聞いて疑わしきを闕(か)き、其の余を慎言すれば、則ち尤(とがめ)寡なし。多く見て殆(あやう)きを闕き、其の余を慎行すれば、則ち悔寡なし。言に尤寡なく、行に悔寡なければ、禄は其の中に在り。
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尚書・蔡仲之命小民を康濟するに、率ね中よりし、聰明を作して舊章を亂すこと無かれ。
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老子・第15章古の善く士たる者は、微妙玄通、深くして識るべからず。夫れ唯だ識るべからず、故に強いて之が容を為す。豫として冬に川を渉るが若く、猶として四隣を畏るるが若く、儼としてそれ客の若く、渙として氷の将に釈けんとするが若く、敦としてそれ樸の若く、曠としてそれ谷の若く、混としてそれ濁れるが若し。孰か能く濁りて以て之を静かにして徐ろに清まさん。孰か能く安んじて以て久しく之を動かして徐ろに生ぜん。此の道を保つ者は盈つるを欲せず。夫れ唯だ盈たず、故に能く蔽れて新たに成る。
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