説苑 / 奉使
趙簡子將襲衛,使史黯往視之,期以一月六日而後反。簡子曰:「何其久也?」黯曰:「謀利而得害,由不察也。今蘧伯玉為相,史鰌佐焉,孔子為客,子貢使令於君前甚聽。易曰:『渙其群,元吉。』渙者賢也,群者象也,元者吉之始也。渙其群,元吉者,其佐多賢矣。」簡子按兵而不動耳。
新字:趙簡子将襲衛,使史黯往視之,期以一月六日而後反。簡子曰:「何其久也?」黯曰:「謀利而得害,由不察也。今蘧伯玉為相,史鰌佐焉,孔子為客,子貢使令於君前甚聴。易曰:『渙其群,元吉。』渙者賢也,群者象也,元者吉之始也。渙其群,元吉者,其佐多賢矣。」簡子按兵而不動耳。
書き下し
趙簡子將に衛を襲わんとし、史黯をして往きて之を視しむ。期するに一月六日を以てして後反る。簡子曰く、「何ぞ其れ久しきや。」黯曰く、「利を謀りて害を得るは、察せざるに由るなり。今蘧伯玉相たり、史佐く。孔子客爲り、子貢君前に使令して甚だ聽かる。易に曰く、『其の群を渙にす、元吉なり。』渙とは賢なり、群とは象なり、元とは吉の始めなり。其の群を渙にす元吉とは、其の佐多賢なるなり。」簡子兵を按じて動かざるのみ。
現代語訳
趙の簡子が衛を襲撃しようとし、史黯を遣わして偵察させた。一か月と六日を期限として帰還する約束であった。簡子は言った。『なぜこんなに時間がかかっているのか。』史黯は言った。『利益を求めて害を招くのは、よく調べないことに原因があります。今、蘧伯玉が宰相となり、史魚がこれを補佐しております。孔子が客分として身を寄せ、子貢が君主の御前で使者を務め、たいそう重用されております。易経には「その群れを散らせば、大いに吉である」とあります。「渙」とは賢者を意味し、「群」とは象(現状)を意味し、「元」とは吉の始まりを意味します。「その群れを散らせば大いに吉である」というのは、補佐する者たちの中に賢者が多いということです。』簡子は軍を控え、動かなかったのである。
解説
簡子は偵察の帰りが遅いことを咎めたが、史黯はその遅さこそが慎重な調査の証であったと弁明し、蘧伯玉・史魚・孔子・子貢という当代随一の賢者たちが衛の内部に揃っている現状を報告して、攻撃を思いとどまらせた。ここで重要なのは、偵察の速さよりも精度が優先されるべきだという点であり、拙速な判断が「利を求めて害を得る」結果を招くという警句が端的にそれを物語っている。攻撃や意思決定を急ぐ前に、相手の内部にどれだけの人材が揃っているかを見極めることの重要性は、競合分析や意思決定の場面において、スピードよりも精度を優先すべき局面があるという教訓として現代にも通じる。
この章句が説くこと
偵察慎重人材の厚み
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