尚書 / 大禹謨
無稽之言勿聽,弗詢之謀勿庸
新字:無稽之言勿聴,弗詢之謀勿庸
書き下し
稽(かんが)うる無きの言は聽く勿(な)かれ、詢(はか)らざるの謀(はかりごと)は庸(もち)うる勿かれ。
現代語訳
根拠を確かめようのない言葉には耳を貸すな。人に諮ることをしていない策略は用いるな。
解説
出所や根拠を確かめられない話に耳を傾けないこと、そして周囲に諮ることなく一人で決めた策を採用しないことという、意思決定を誤らせないための二つの歯止めを説く。噂話や又聞きの情報、一人の頭の中だけで完結した思いつきは、もっともらしく響くほど危うい。何かを判断する前に、その情報の裏がどこまで取れているか、他の視点に相談したかを自分に問い直すだけで、避けられる失敗は少なくない。なお、本篇は東晋期に伝わった古文尚書に属し、後世の編纂とみる説が有力である。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
無稽之言弗詢之謀意思決定
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