尚書 / 大禹謨
汝惟不矜,天下莫與汝爭能;汝惟不伐,天下莫與汝爭功
新字:汝惟不矜,天下莫与汝争能;汝惟不伐,天下莫与汝争功
書き下し
汝(なんじ)惟(こ)れ矜(ほこ)らざれば、天下汝と能を争う莫(な)し。汝惟れ伐(ほこ)らざれば、天下汝と功を争う莫し。
現代語訳
あなたが自分の能力を誇らなければ、天下の誰もあなたと能力を争おうとはしない。あなたが自分の功績を誇らなければ、天下の誰もあなたと功績を争おうとはしない。
解説
自分の能力や功績を誇示しないことこそが、かえって誰からも争われない立場を作るという逆説を説く一節である。手柄を声高に主張すればするほど、周囲は対抗心や反発を覚え、静かな軋轢が生まれやすい。反対に、成果を自分の内に収め誇ることなく淡々としていれば、争う理由そのものが失われていく。何かを成し遂げたときほど、それを誰かに認めさせようとする衝動を抑えられるかどうかが、その後の人間関係を左右する。なお、本篇は東晋期に伝わった古文尚書に属し、後世の編纂とみる説が有力である。
この章句が説くこと
不矜不伐功名謙譲
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