尚書 / 大禹謨
克勤于邦,克儉于家,不自滿假,惟汝賢。
新字:克勤于邦,克倹于家,不自満仮,惟汝賢。
書き下し
克(よ)く邦に勤め、克く家に倹にして、自ら満仮(まんか)せず、惟れ汝の賢なり。
現代語訳
国のためにはよく勤め励み、家ではよく倹約し、自ら満足しておごり高ぶることがない。それはただそなたの賢さによる。
解説
帝舜が禹の人柄を称えた言葉である。公の仕事にはよく勤め、私の生活では倹約し、成果をあげても自らを誇らない。この三つを兼ね備えていることを、舜は禹の賢さとした。禹は治水のために十三年のあいだ家の門前を通っても立ち寄らなかったと伝えられ、勤勉と質素の代名詞とされてきた。「克勤克倹」は後世、為政者や家長の心得として額や家訓に書かれることも多く、日本でも勤倹の徳を説く言葉として親しまれた。成果が上がるほど人は満ち足りて慢心しやすいが、公の務めに励み、身の回りは慎ましくし、自らを満ちたりとしないことが、長く信頼される人の条件である。本篇は東晋期に伝わった古文尚書に属し、後世の編纂とみる説が有力である。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
勤倹不自満仮謙虚克勤克倹慢心禹
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