尚書 / 秦誓
番番良士,旅力既愆,我尚有之。仡仡勇夫,射御不違,我尚不欲。惟截截善諞言,俾君子易辭,我皇多有之。昧昧我思之:
新字:番番良士,旅力既愆,我尚有之。仡仡勇夫,射御不違,我尚不欲。惟截截善諞言,俾君子易辞,我皇多有之。昧昧我思之:
書き下し
番番たる良士は、旅力既に愆ぐるも、我尚はくは之を有たん。仡仡たる勇夫は、射御違はざるも、我尚はくは欲せず。惟れ截截として善く諞言し、君子をして辞を易へしむるもの、我皇ぞ多く之を有たんや。昧昧として我之を思ふ。
現代語訳
白髪の優れた老臣は、体力はすでに衰えていても、私はなお彼らをそばに置きたい。勇ましくたくましい武者は、弓を射ることも車を御することも誤りがないとしても、私はもはや彼らだけを頼ることを望まない。口先鋭く巧みに言いくるめ、君子に言葉を変えさせてしまうような者を、私はどうして多く抱えることがあろうか。静かに深く、私はこのことを考える。
解説
ここで穆公は、白髪の老臣は体力が衰えていてもそばに置きたいと言い、弓や車の技に優れた勇ましい武者であっても、それだけを頼みとはしないと述べる。さらに、口先鋭く巧みに言いくるめて、君子にさえ言葉を変えさせてしまうような者は決して多く抱えないと誓う。大敗を経て、力や弁舌より経験と誠実さを重んじる人材観へと改めたことが示されている。「昧昧として我之を思ふ」という結びには、深く内省する穆公の姿がにじむ。能力の高さや話のうまさに目を奪われて、経験に裏打ちされた地味な助言を軽んじていないか。人を用いる基準を見直させる一節である。
関連する章句
-
尚書・秦誓我が心の憂ひは、日月逾み邁き、云に来たらざるが若し。惟れ古の謀人は、則ち予に就かずと曰ひて忌む。惟れ今の謀人は、姑く将に以て親しと為さんとす。然く云ふと雖も、
-
尚書・秦誓啻に其の口より出づるが如きのみならず、是れ能く之を容る。以て我が子孫黎民を保つ、亦職に利有らんかな。人の技有るを、冒疾して以て之を悪み、人の彦聖なるを、之に違ひて達せざらしむ、是れ容るる能はず。以て我が子孫黎民を保つ能はず、亦殆ふしと曰はんかな。
-
尚書・秦誓如し一介の臣有りて、斷斷猗として他の技無く、其の心休休焉として、其れ容るる有るが如くんば。
-
尚書・秦誓公曰く、「嗟(ああ)!我が士よ。聴きて嘩しくすること無かれ。予誓ひて汝に群言の首を告ぐ。古人言へる有り、曰く、『民は自ら是くの若くするを訖せば、盤しむこと多し。
-
尚書・秦誓猷ほ兹の黃髪に詢わば、則ち愆つ所罔からん。
-
大学《秦誓》(しんせい)に曰く、「若(も)し一つの臣有らん。断断(だんだん)として他技無く、其の心休休焉(きゅうきゅうえん)として、其れ容るる有るが如し。人の技有るを、己之れ有るが如くし、人の彦聖(げんせい)なるを、其の心之を好むこと、啻(ただ)に其の口より出づるが如きのみならず。実に能く之を容(い)る。以て我が子孫黎民(れいみん)を保(やすん)ずべし、尚(な)お亦た利有らん哉(かな)。人の技有るを、媢嫉(ぼうしつ)して以て之を悪み、人の彦聖なるを、之を違(さまた)げて通ぜざらしむ。実に容るる能わず。以て我が子孫黎民を保つ能わず、亦た殆(あやう)き哉」と。唯(ただ)仁人(じんじん)のみ之を放流(ほうりゅう)し、四夷に迸(しりぞ)け、与(とも)に中国を同じくせず。此れ唯仁人のみ能く人を愛し、能く人を悪むと謂う。賢を見て挙ぐる能わず、挙げて先んずる能わざるは、命(慢)なり。不善を見て退くる能わず、退けて遠ざくる能わざるは、過ちなり。人の悪む所を好み、人の好む所を悪む、是れ人の性を拂(もと)ると謂う。災い必ず夫(そ)の身に逮(およ)ばん。是の故に君子に大道有り、必ず忠信なるを以て之を得、驕泰(きょうたい)なるを以て之を失う。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る