尚書 / 畢命
商俗靡靡,利口惟賢,餘風未殄,公其念哉!我聞曰:
新字:商俗靡靡,利口惟賢,余風未殄,公其念哉!我聞曰:
書き下し
商の俗は靡靡として、利口を惟れ賢とす。余風未だ殄えず、公其れ念へや。我聞く、曰く、
現代語訳
殷の風俗は華美に流れ、口先の巧みな者を賢いとしてきた。その名残の風はまだ絶えていない。公よ、このことを心にとめよ。私はこう聞いている、
解説
王は畢公に、殷の風俗はなよなよと華美に流れ、口先の巧みな者を賢いとみなしてきたが、その名残はまだ絶えていないと注意を促す。殷の遺民が洛邑に移されて三十年以上がたっても、長年の気風は容易には変わらないという認識である。尚書では「利口」への警戒が繰り返し語られ、周の政治が言葉の巧みさより実直な徳を重んじたことがうかがえる。王はこの後、家柄や富に驕る者をどう教化するかを説いていく。組織の文化や風土は、制度を変えても長く残る。見た目の華やかさや弁舌の巧みさが評価される空気が残っていないか、常に気を配る必要があることを教えている。本篇は東晋期に伝わった古文尚書に属し、後世の編纂とみる説が有力である。
関連する章句
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尚書・畢命蕩を以て徳を陵ぐは、実に天道に悖る。敝化奢麗、万世流れを同じくす』と。茲の殷の庶士、寵に席ること惟れ旧しく、侈を怙み義を滅し、美を人に服す。驕淫矜侉にして、将に悪に由りて終はらんとす。放心を収むと雖も、之を閑ぐこと惟れ艱し。資富にして能く訓ふれば、惟れ以て年を永くせん。惟れ徳惟れ義、時れ乃ち大訓なり。古訓に由らずんば、何に于いてか其れ訓へん。」王曰く、「嗚呼(ああ)!父師よ、邦の安危は、惟れ茲の殷士に在り。剛ならず柔ならず、厥の徳允に修まる。惟れ周公克く厥の始めを慎み、惟れ君陳克く厥の中を和し、惟れ公克く厥の終はりを成す。三后心を協せ、同じく道に底り、
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尚書・畢命欽みて先王の成烈に若ひ、以て前政より休くせよ。」
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尚書・畢命惟れ十有二年、六月、庚午朏(ひ)。越えて三日壬申、王朝に宗周より歩み、豊に至る。成周の衆を以て、畢公に命じて東郊を保釐せしむ。王若(かく)のごとく曰く、「嗚呼(ああ)!父師よ、惟れ文王・武王、大徳を天下に敷き、用て克く殷の命を受く。惟れ周公先王を左右し、厥の家を綏定し、殷の頑民を毖め、洛邑に遷し、王室に密邇せしめ、式て厥の訓に化せしむ。既に三紀を歴、世変じ風移り、四方虞ひ無く、予一人以て寧し。道に升降有り、政は俗に由りて革まる。厥の臧を臧とせずんば、民勧むる攸罔し。惟れ公は徳を懋め、克く小物に勤め、四世を弼亮し、色を正しくして下を率ゐ、師の言を祗まざる罔し。嘉績先王に多く、予小子は垂拱して成るを仰ぐ。」王曰く、「嗚呼(ああ)!父師よ、今予祗みて公に命ずるに周公の事を以てす、往けや。淑慝を旌別し、厥の宅里を表し、善を彰し悪を癉(にく)み、之が風声を樹てよ。訓典に率はざるは、厥の井疆を殊にし、克く畏れ慕はしめよ。郊圻を申ね画し、封守を慎み固くし、以て四海を康んぜよ。
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尚書・畢命世祿の家、克く禮に由る者鮮し。
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尚書・畢命四夷の左衽も、咸く頼らざる罔く、予小子永く多福を膺けん。公其れ惟れ時の成周に、無窮の基を建て、亦無窮の聞有らん。子孫其の成式に訓ひ、惟れ乂まらん。嗚呼(ああ)!
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尚書・畢命政は恒有るを貴び、辭は體要を尚び、惟れ異を好むのみに非ず。
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