尚書 / 五子之歌
予視天下。愚夫愚婦,一能勝予。一人三失,怨豈在明?不見是圖。
新字:予視天下。愚夫愚婦,一能勝予。一人三失,怨豈在明?不見是図。
書き下し
予天下を視るに、愚夫愚婦も、一(いつ)に能く予に勝つ。一人三たび失へば、怨み豈に明らかなるに在らんや。見えざるに是れ図れ。
現代語訳
私が天下を見わたすと、愚かな男や女であっても、一人ひとりが私に勝ることがある。一人の君主がたびたび過ちを犯せば、民の怨みはどうして目に見える形で現れるのを待つだろうか。まだ見えないうちに、これに備えて手を打つべきである。
解説
五子之歌の第一の歌の一節で、「民は惟れ邦の本なり」という有名な句に続く部分である。どんなに愚かに見える民でも、一人ひとりには君主に勝る力がある。君主が失政を重ねれば、民の怨みははっきり目に見える前にすでに積もっているのだから、表に現れないうちに手を打てと説く。「見えざるに是れ図れ」は、問題が顕在化する前に対処せよという予防の心得として後世よく引かれた。組織でも、不満や離反は表面化したときにはすでに手遅れであることが多い。数字や声に現れる前の小さな兆しに目を配り、一人ひとりを侮らないことが、上に立つ者の責任である。本篇は東晋期に伝わった古文尚書に属し、後世の編纂とみる説が有力である。
関連する章句
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尚書・五子之歌民は近づく可(べ)し、下(くだ)す可からず。民は惟(こ)れ邦の本、本固ければ邦寧(やす)し。
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尚書・五子之歌其の二に曰く、「訓に之有り、
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尚書・周官治を未だ亂れざるに制し、邦を未だ危うからざるに保つ。
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尚書・五子之歌其の三に曰く、「惟れ彼の陶唐、此の冀方を有(たも)つ。今厥(そ)の道を失ひ、其の紀綱を乱り、乃ち滅亡を厎(いた)す」と。其の四に曰く、「明明たる我が祖、万邦の君なり。典有り則有り、厥の子孫に貽(のこ)す。関石和鈞(くわんせきくわきん)、王府には則ち有り。厥の緒を荒墜(くわうつゐ)し、宗を覆し祀を絶つ」と。其の五に曰く、「嗚呼(ああ)曷(いづく)にか帰せん。予が懐(おも)ひの悲しき。万姓予を仇とす、予将(はた)疇(たれ)にか依らん。鬱陶(うつたう)たり予が心、顔厚くして忸怩(ぢくぢ)たる有り。
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