新書 / 胎教
是以國不務大而務得民心,佐不務多而務得賢者;得民心而民往之,得賢者而賢者歸之。文王請除炮烙之刑而殷民徙,湯去張網者之三面而二垂至,越王不頹舊冢而吳人服,以其所為順於人也。故同聲則處異而相應,意和則未見而相親,賢者立於本朝,而天下之士相率而趨之。何以知其然也?管仲者,桓公之讐也。鮑叔以為賢於己而進之桓公,七十言說乃聽,遂使桓公除仇讐之心,而委之國政焉。桓公垂拱無事而朝諸侯,鮑叔之力也。管仲之所以走桓公而無自危之心者,同聲於鮑叔也。
新字:是以国不務大而務得民心,佐不務多而務得賢者;得民心而民往之,得賢者而賢者帰之。文王請除炮烙之刑而殷民徙,湯去張網者之三面而二垂至,越王不頽旧冢而呉人服,以其所為順於人也。故同声則処異而相応,意和則未見而相親,賢者立於本朝,而天下之士相率而趨之。何以知其然也?管仲者,桓公之讐也。鮑叔以為賢於己而進之桓公,七十言説乃聴,遂使桓公除仇讐之心,而委之国政焉。桓公垂拱無事而朝諸侯,鮑叔之力也。管仲之所以走桓公而無自危之心者,同声於鮑叔也。
書き下し
是を以て国は大を務めずして民心を得るを務め、佐は多きを務めずして賢者を得るを務む。民心を得れば民之に往き、賢者を得れば賢者之に帰す。文王炮烙の刑を除かんことを請いて殷民徙り、湯張網する者の三面を去りて二垂至り、越王旧冢を頽さずして呉人服するは、其の為す所の人に順えばなり。故に声を同じくすれば処を異にして相応じ、意和すれば未だ見ずして相親しむ。賢者本朝に立てば、天下の士相率いて之に趨く。何を以て其の然るを知るや。管仲は桓公の讐なり。鮑叔以て己より賢なりと為して之を桓公に進む。七十言説きて乃ち聴かれ、遂に桓公をして仇讐の心を除き、之に国政を委ねしむ。桓公は垂拱して事無くして諸侯を朝せしむるは、鮑叔の力なり。管仲の桓公に走りて自ら危うしとするの心無き所以の者は、鮑叔に同声すればなり。
現代語訳
こういうわけで、国は大きくなることを目指さずに民心を得ることを目指し、補佐は多いことを目指さずに賢者を得ることを目指します。民心を得れば民がそこへ行き、賢者を得れば賢者がそこへ帰します。文王が炮烙の刑を除くことを願うと殷の民は移り、湯が網を張る者に三方を開けさせると二方の国々が帰順し、越王が古い墓を壊さなかったので呉の人々は服しました。みな、行いが人に順っていたからです。声が同じなら、場所が違っても応じ合い、心が和していれば、まだ会わなくても親しみます。賢者が朝廷に立てば、天下の士は連れ立ってそこへ向かいます。なぜそうと分かるのか。管仲は桓公の仇でした。鮑叔は自分より賢いと考えて桓公に進めました。七十回説いてようやく聞き入れられ、桓公は仇の心を除いて、国政を管仲に委ねました。桓公が手をこまねいても事が成り、諸侯を朝見させたのは、鮑叔の力です。管仲が桓公のもとに走って自分を危ういと思わなかったのは、鮑叔と声を同じくしていたからです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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論語・憲問篇子貢曰く、「管仲は仁者に非ざるか。桓公、公子糾を殺すに、死する能わず、又之を相く。」子曰く、「管仲、桓公を相けて、諸侯に霸たり、天下を一匡す。民今に到るまで其の賜を受く。管仲微かりせば、吾其れ髪を被り衽を左にせん。豈に匹夫匹婦の諒を為すが若く、自ら溝瀆に経れて、之を知らるること莫からんや。」
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新語・懷慮故に管仲、桓公を相けて、節を詘して君に事え、心を専らにし意を一にし、身に境外の交わり無く、心に欹斜の慮り無く、其の国を正すこと天下を制するが如く、其の君を尊びて諸侯を屈し、権は海内に行われ、化は諸夏に流れ、道を失う者は誅せられ、義を秉る者は顕らかなり。一事を挙げて天下従い、一政を出だして諸侯靡く。故に聖人は一政を執りて以て百姓を縄し、一槩を持して以て万民を等しくす。同じく一治にして一統を明らかにする所以なり。故に天は一を以て大いに数を成し、人は一を以て□倫を成す。楚の霊王は千里の地に居り、百邑の国を享けながら、仁義を先にせずして道徳を尚び、奇伎を懐き、□□□、陰陽を□し、物怪を合し、乾谿の台を作り、百仞の高きを立て、浮雲に登り、天文を窺わんと欲するも、然れども身は棄疾の手に死す。魯の荘公は中土の地に拠り、聖人の後を承けながら、周公の業を修めず、先人の体を継ぎ、権を尚び威を杖み、万人の力有り、兼人の強を懐くも、子糾を存立する能わず、国は侵され地は奪われ、洙・泗を以て境と為す。
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説苑・辨物斉の桓公北のかた孤竹を征す。未だ卑耳谿中に至らざること十里、闟然(こうぜん)として止まり、瞠然(どうぜん)として視ること頃(しばら)く有り、矢を奉じて未だ敢えて発せず。喟然として歎じて曰わく、「事其れ済(な)らざるか。人の長さ尺なる有り、冠冕大人の物具わる。左袪(きょ)して衣し馬前を走る者あり。」管仲曰わく、「事必ず済らん。此の人は道を知るの神なり。馬前を走る者は導くなり。左に衣を袪する者は、前に水有るなり。」左方より渡り、行くこと十里にして果たして水有り、遼水と曰う。之を表し、左方より渡れば踝(くるぶし)に至り、右方より渡れば膝に至る。已に渡りて、事果たして済る。桓公馬前に管仲を拝して曰わく、「仲父の聖此くの如きに至る、寡人罪を得ること久し。」管仲曰わく、「夷吾之を聞く、聖人は先に無形を知る、今已に形有りて乃ち之を知る、是れ夷吾教えを承くるに善きなり、聖に非ざるなり。」
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論語・八佾篇子曰く、『管仲の器、小なる哉!』或曰く、『管仲は倹なりや。』曰く、『管氏に三帰有り。』曰く、『然らば礼を知るや。』曰く、『邦君、塞門を樹つ、管氏も亦塞門を樹つ。邦君、二君の好を為すに反坫有り、管氏も亦反坫有り。管仲、その器小なる哉!』
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『韓非子』難一第三十六将に天下を治めんとするに、庸主の易しとする所を釈てて、堯・舜の難しとする所を道ふは、未だ与に政を為す可からざるなり」と。管仲病有り、桓公往きて之を問ひて、曰く、「仲父病む、不幸にして大命に卒せば、将に奚を以て寡人に告げんとする」と。管仲曰く、「君の言微かりせば、臣故より将に之を謁せんとす。願はくは君竪刁を去り、易牙を除き、衛の公子開方を遠ざけよ。易牙は君の為に味を主る、君惟だ人肉のみ未だ嘗めず、易牙其の子の首を烝して之を進む。夫れ人情其の子を愛せざる莫し、今其の子を愛せず、安んぞ能く君を愛せん。君妬みて内を好む、竪刁自ら宮して以て内を治む。人情其の身を愛せざる莫し、身すら且つ愛せず、安んぞ能く君を愛せん。開方君に事ふること十五年、斉・衛の間は数日の行を容れず、其の母を弃て、久しく宦して帰らず、其の母すら愛せず、安んぞ能く君を愛せん。臣之を聞く、『矜偽は長からず、蓋虚は久しからず』と。願はくは君此の三子なる者を去れ」と。管仲卒に死す、桓公行はず。桓公死するに及び、蟲戸を出づるも葬られず。或ひと曰く、管仲の桓公に告ぐる所以の者は、度有る者の言に非ざるなり。竪刁・易牙を去る所以の者は、其の身を愛せずして、君の欲に適ふを以てなり。曰く、「其の身を愛せず、安んぞ能く君を愛せん」と。然らば則ち臣に死力を尽くして以て其の主の為にする者有らば、管仲将に用ひざらんとするなり。曰く、「其の死力を愛せず、安んぞ能く君を愛せん」と。是れ君をして忠臣を去らしめんと欲するなり。且つ其の身を愛せざるを以て其の君を愛せざるを度るは、是れ将に管仲の公子糾に死する能はざるを以て其の桓公に死せざるを度らんとするなり、是れ管仲も亦去る所の域に在り。明主の道は然らず、民の欲する所を設けて以て其の功を求む、故に爵禄を為りて以て之を勧む。民の悪む所を設けて以て其の姦を禁ず、故に刑罰を為りて以て之を威す。慶賞信にして刑罰必なり、故に君功を臣に挙げて姦上に用ひられず、竪刁有りと雖も、其れ君を奈何せん。
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『韓非子』外儲説右下第三十五桓公曰く、「善し」と。乃ち宮中に婦人有るを論じて之を嫁せしむ。令を民に下して曰く、「丈夫は二十にして室し、婦人は十五にして嫁す」と。一に曰く、桓公微服して民間に行く、鹿門稷なる者有り、行年七十にして妻無し。桓公管仲に問ひて曰く、「民の老いて妻無き者有るか」と。管仲曰く、「鹿門稷なる者有り、行年七十にして妻無し」と。桓公曰く、「何を以てか之をして妻有らしめん」と。管仲曰く、「臣之を聞く、上に積財有れば、則ち民臣必ず下に匱乏す。宮中に怨女有れば、則ち老いて妻無き者有り」と。桓公曰く、「善し」と。宮中に令す、「女子の未だ嘗て御せざるは出だして之を嫁せしめよ」と。乃ち男子は年二十にして室し、女は年十五にして嫁せしむ、則ち内に怨女無く、外に曠夫無し。延陵卓子蒼龍挑文の乗に乗る、鉤飾前に在り、錯錣後に在り、馬進まんと欲すれば則ち鉤飾之を禁じ、退かんと欲すれば則ち錯錣之を貫く、馬因りて旁らに出づ。造父過りて之が為に泣涕して、曰く、「古の人を治むるも亦然り。
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