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新書 / 大政上

故是以聖王而君子乎,執事而臨民者,日戒慎一日,則士民亦日戒慎一日矣,以道先民也。道者,聖王之行也;文者,聖王之辭也;恭敬者,聖王之容也;忠信者,聖王之教也。聖人也者,賢智之師也;仁義者,明君之性也。故堯、舜、禹、湯之治天下也,所謂明君也,士民樂之,皆即位百年然後崩,士民猶以爲大數也。桀紂所謂暴亂之君也,士民苦之,皆即位十年而滅,士民猶以爲大久也。故夫諸侯者,士民皆愛之,則國必興矣;士民皆苦之,則國必亡矣。故夫士民者,國家之所樹而諸侯之本也,不可輕也。嗚呼!輕本不祥,實爲身殃。戒之哉!戒之哉!

新字:故是以聖王而君子乎,執事而臨民者,日戒慎一日,則士民亦日戒慎一日矣,以道先民也。道者,聖王之行也;文者,聖王之辞也;恭敬者,聖王之容也;忠信者,聖王之教也。聖人也者,賢智之師也;仁義者,明君之性也。故堯、舜、禹、湯之治天下也,所謂明君也,士民楽之,皆即位百年然後崩,士民猶以為大数也。桀紂所謂暴乱之君也,士民苦之,皆即位十年而滅,士民猶以為大久也。故夫諸侯者,士民皆愛之,則国必興矣;士民皆苦之,則国必亡矣。故夫士民者,国家之所樹而諸侯之本也,不可軽也。嗚呼!軽本不祥,実為身殃。戒之哉!戒之哉!

書き下し

故に是を以て聖王にして君子なるか、事を執りて民に臨む者は、日に戒慎すること一日にせば、則ち士民も亦日に戒慎すること一日にす、道を以て民に先んずればなり。道は、聖王の行なり。文は、聖王の辞なり。恭敬は、聖王の容なり。忠信は、聖王の教えなり。聖人なる者は、賢智の師なり。仁義は、明君の性なり。故に堯・舜・禹・湯の天下を治むるや、所謂明君なり、士民之を楽しみ、皆位に即くこと百年にして然る後に崩ずれども、士民は猶お以て大数と為す。桀・紂は所謂暴乱の君なり、士民之を苦しみ、皆位に即くこと十年にして滅ぶも、士民は猶お以て大久と為す。故に夫れ諸侯は、士民皆之を愛すれば、則ち国必ず興る。士民皆之を苦しめば、則ち国必ず亡ぶ。故に夫れ士民は、国家の樹つる所にして諸侯の本なり、軽んず可からざるなり。嗚呼、本を軽んずるは不祥にして、実に身の殃と為る。之を戒めよ、之を戒めよ。

現代語訳

そこで、聖王であり君子であって、事を執り民に臨む者が、日ごとに慎むことを一日ごとに重ねるなら、士や民もまた日ごとに慎むことを一日ごとに重ねます。道をもって民に先んじるからです。道は、聖王の行いです。文は、聖王の言葉です。恭敬は、聖王のたたずまいです。忠信は、聖王の教えです。聖人は、賢者や智者の師です。仁義は、明君の本性です。堯・舜・禹・湯が天下を治めたのは、いわゆる明君で、士民はこれを楽しみ、みな在位百年にして崩じても、士民はなお短いと感じました。桀・紂はいわゆる暴君で、士民はこれに苦しみ、みな在位十年で滅んでも、士民はなお長すぎると感じました。ですから諸侯は、士民がみな愛すれば国は必ず興り、みな苦しめば国は必ず滅びます。士民は国家が育てるものであり諸侯の根本です。軽んじてはなりません。ああ、根本を軽んじるのは不祥であり、まことに身の災いとなります。これを戒めなさい。

解説

「大政上」の締めくくりにあたる段で、指導者が日々慎めば民も日々慎む、という循環を述べ、聖王の徳目を道・文・恭敬・忠信と整理します。堯・舜・禹・湯の治世は百年続いても民には短く、桀・紂は十年で滅びても長く感じられたという対比は、時間の感じ方が統治の質で変わるという鋭い指摘です。賈誼は、諸侯の存亡は士民が愛するか苦しむかで決まり、士民は国家の根本だ、と結論します。企業に当てはめれば、同じ一年でも、現場が楽しんでいる職場と苦しんでいる職場では、感じる長さがまったく違います。経営者は、従業員が時間をどう感じているかを、経営の質を測る静かな指標として持てます。

この章句が説くこと

聖王慎明君暴君士民新書

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