新書 / 保傅
是殷周之所以長有道也。及太子少長,知好色,則入於學。學者,所學之官也。學禮曰:「帝入東學,上親而貴仁,則親疏有序而恩相及矣。帝入南學,上齒而貴信,則長幼有差而民不誣矣。帝入西學,上賢而貴德,則賢智在位而功不遺矣。帝入北學,上貴而尊爵,則貴賤有等而下不踰矣。帝入太學,承師問道,退習而考於太傅,太傅罰其不則而匡其不及,則德智長而理道得矣。此五學既成於上,則百姓黎民化輯於下矣。」學成治就,是殷周所以長有道也。
新字:是殷周之所以長有道也。及太子少長,知好色,則入於学。学者,所学之官也。学礼曰:「帝入東学,上親而貴仁,則親疏有序而恩相及矣。帝入南学,上歯而貴信,則長幼有差而民不誣矣。帝入西学,上賢而貴徳,則賢智在位而功不遺矣。帝入北学,上貴而尊爵,則貴賤有等而下不踰矣。帝入太学,承師問道,退習而考於太傅,太傅罰其不則而匡其不及,則徳智長而理道得矣。此五学既成於上,則百姓黎民化輯於下矣。」学成治就,是殷周所以長有道也。
書き下し
是れ殷周の長く道有る所以なり。太子少しく長じて、色を好むを知るに及べば、則ち学に入る。学とは、学ぶ所の官なり。学礼に曰く、「帝東学に入れば、親を上び仁を貴び、則ち親疏序有りて恩相及ぶ。帝南学に入れば、歯を上び信を貴び、則ち長幼差有りて民誣いず。帝西学に入れば、賢を上び徳を貴び、則ち賢智位に在りて功遺れず。帝北学に入れば、貴を上び爵を尊び、則ち貴賤等有りて下踰えず。帝太学に入れば、師を承け道を問い、退きて習いて太傅に考え、太傅は其の則らざるを罰して其の及ばざるを匡し、則ち徳智長じて理道得たり。此の五学既に上に成れば、則ち百姓黎民下に化輯す」と。学成り治就く、是れ殷周の長く道有る所以なり。
現代語訳
これが殷周が長く道を保てた理由です。太子が少し成長して、色事に関心を持つ年ごろになると、学に入れます。学とは、学ぶ場所をつかさどる官のことです。『学礼』には「帝が東学に入れば、親を尊び仁を貴ぶので、親疏に順序ができて恩が行き渡る。帝が南学に入れば、年長を尊び信を貴ぶので、長幼に区別ができて民は偽らない。帝が西学に入れば、賢者を尊び徳を貴ぶので、賢く智ある者が位に就き、功が見落とされない。帝が北学に入れば、貴を尊び爵位を重んじるので、貴賤に等級ができて下の者が分を越えない。帝が太学に入れば、師の教えを受けて道を問い、退いて習い、太傅に確かめてもらい、太傅は則らない点を罰し、及ばない点を正すので、徳と智が伸びて道理が身につく。この五つの学が上で成れば、民は下で感化されてまとまる」とあります。学が成り、政治が成就する、これが殷周が長く道を保てた理由です。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『新書』保傅古の王者は、太子初めて生まるれば、固より挙ぐるに礼を以てし、士をして之を負わしめ、有司斉粛し端冕して、之を南郊に見え、天に見ゆるなり。闕を過ぐれば則ち下り、廟を過ぐれば則ち趨る、孝子の道なり。故に赤子たりし自りして教え固より以て行わる。昔者周の成王幼くして繈褓の中に在り、召公は太保たり、周公は太傅たり、太公は太師たり。保は、其の身体を保つ。傅は、之に徳義を傅く。師は、之に教訓を道く。三公の職なり。是に於いて為に三少を置く、皆上大夫なり、少保・少傅・少師と曰い、是れ太子と燕する者なり。故に咳㖷にして、三公三少固より孝仁礼義を明らかにし、道を以て之を習わしめ、邪人を逐去し、悪行を見せしめず。是に於いて皆天下の端士、孝弟博聞にして道術有る者を選び、以て之を衛翼し、太子と居処出入を与にせしむ。故に太子初めて生まれて正事を見、正言を聞き、正道を行い、左右前後皆正人なり。習いて正人と之に居れば、正無きこと能わず、猶お楚に生長すれば、楚言せざること能わざるがごときなり。故に其の嗜む所を択ぶに、必ず先ず業を受けて、乃ち之を嘗むるを得、其の楽しむ所を択ぶに、必ず先ず習い有りて、乃ち之を為すを得しむ。孔子曰く、「少くして成るは天性の若く、習い貫れば自然の如し」と。
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『新書』保傅太子既に冠して成人し、保傅の厳を免るるに及べば、則ち司直の史有り、徹膳の宰有り。太子に過ち有れば、史必ず之を書し、史の義、過ちを書するを得ざれば則ち死す。過ち書さるれば宰其の膳を収め、宰の義、膳を収むるを得ざれば即ち死す。是に於いて進善の旌有り、誹謗の木有り、敢諫の鼓有り、瞽史は詩を誦し、工は箴諫を誦し、大夫は謀を進め、士は民語を伝う。習いて智と長じ、故に切にして愧じず。化して心と成り、故に中道なること性の若し。是れ殷周の長く道有る所以なり。三代の礼︰天子は春に朝して日を朝し、秋に幕して月を夕す、敬有るを明らかにする所以なり。春秋に学に入り、国老を坐せしめ、醤を執りて親ら之に饋す、孝有るを明らかにする所以なり。行くに鸞和を以てし、歩むに采薺に中り、趨るに肆夏に中る、度有るを明らかにする所以なり。其の禽獣に於けるや、其の生を見ては其の死を忍びず、其の声を聞いては其の肉を嘗めず、故に庖厨を遠ざく、恩を長じ、且つ仁有るを明らかにする所以なり。食には礼を以てし、収むるには楽を以てす。度を失えば、則ち史之を書し、工之を誦し、三公進みて之を読み、宰夫其の膳を減ず、是れ天子の非を為すを得ざるなり。
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『新書』保傅鄙諺に曰く、「習わざれば吏と為り、而して己事を視よ」と。又曰く、「前車覆れば後車戒む」と。夫れ殷周の長久なる所以は、其の己事知る可きなり。然れども従う能わざるは、是れ聖智に法らざるなり。秦の亟かに絶えし所以は、其の軌迹見る可きなり。然れども避けざるは、是れ後車又覆るなり。夫れ存亡の反、治乱の機、其の要は是に在り。天下の命、太子に縣かる。太子の善は、蚤く諭教し左右を選ぶに在り。心未だ濫れざるに先ず諭教すれば、則ち化成り易きなり。夫れ道術に開け、義理の指を知るは、則ち教えの功なり。若し其の服習積貫は、則ち左右のみ。夫れ胡越の人、生まれて声を同じくし、嗜慾異ならず、其の長じて俗を成すに及べば、数訳を累ぬるも相通ずる能わず、行いに死すと雖も相為さざる有る者は、則ち教習の然らしむるなり。臣故に曰く、「左右を選び、蚤く諭教するは最も急なり」と。夫れ教え得て左右正しければ、則ち太子正し、太子正しくして天下定まる。書に曰く、「一人慶有れば、兆民之に頼る」と。此れ時務なり。
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『新書』傅職或いは春秋を称して、之が為に善を聳かし悪を抑え、以て其の心を革勧す。之に礼を教え、上下の則宜を知らしむ。或いは詩を称して、之が為に道を広め徳を顕し、以て其の志を馴明す。之に楽を教え、以て其の穢を疏し、其の浮気を填ぐ。之に語を教え、上世に明らかにして先王の務めて徳を民に明らかにするを知らしむるなり。之に故志を教え、廃興を知らしめて、戒懼せしむ。之に任術を教え、能く万官の職任を紀して、治化の儀を知らしむ。之に訓典を教え、族類の疏戚を知らしめて、隠比馴れしむ。此れ所謂太子に学ばしむるに聖人の徳を以てする者なり。或いは恵施を明らかにして以て忠を之に道き、長復を明らかにして以て信を道き、度量を明らかにして以て義を道き、等級を明らかにして以て礼を道き、恭倹を明らかにして以て孝を道き、敬戒を明らかにして以て事を道き、慈愛を明らかにして以て仁を道き、僩雅を明らかにして以て文を道き、除害を明らかにして以て武を道き、精直を明らかにして以て伐を道き、正徳を明らかにして以て賞を道き、斉粛を明らかにして以て敬を道く、此れ所謂太子を教うるなり。
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『新書』保傅明堂の位に曰く、「仁に篤くして学を好み、多聞にして道順なり。天子疑えば則ち問い、応じて窮まらざる者、之を道と謂う。道とは、天子を道くに道を以てする者なり。常に前に立つ、是れ周公なり。誠立ちて敦く断じ、善を輔けて義を相くる者、之を輔と謂う。輔とは、天子の意を輔くる者なり。常に左に立つ、是れ太公なり。潔廉にして切直、過ちを匡して邪を諫むる者、之を拂と謂う。拂とは、天子の過ちを拂う者なり。常に右に立つ、是れ召公なり。博聞彊記、捷給にして善く対うる者、之を承と謂う。承とは、天子の遺忘を承くる者なり。常に後ろに立つ、是れ史佚なり。故に成王中に立ちて朝を聴けば、則ち四聖之を維ぎ、是を以て慮りて計を失う無く、挙げて過事無し」と。殷周の長久なる所以は、其の天子を輔翼するに此の具有ればなり。
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『新書』保傅殷は天子と為ること三十余世にして周之を受け、周は天子と為ること三十余世にして秦之を受け、秦は天子と為ること二世にして亡ぶ。人の性は甚だしくは相遠からざるに、何ぞ殷周の君は道有りて長く、秦は無道の暴なるや。其の故は知る可きなり。
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