新書 / 勢卑
匈奴侵甚、侮甚,遇天子至不敬也,爲天下患,至無已也。以漢而歲致金絮繒綵,是入貢職於蠻夷也,顧爲戎人諸侯也。勢既卑辱,而禍且不息,長此何窮!陛下胡忍以帝皇之號持居此賓?竊料匈奴之衆,不過漢一千石大縣,以天下之大而困於一縣之正,甚竊爲執事羞之。陛下有意,胡不使臣一試理此?夫胡人於古小諸侯之所銍權而服也,奚宜敢悍若此?以臣爲屬國之官,以主匈奴。因幸行臣之計,半歲之內,休屠飯失其口矣;少假之間,休屠繫頸以草,膝行頓顙,請歸陛下之義。唯上財幸。而後復罷履屬國之官,臣賜歸伏田盧,不復污末廷,則忠臣之志快矣。今不獦猛敵而且獦田彘,不搏反寇而搏蓄菟,所獦得毋小,所搏得毋不急乎?繁細是虞,不圖大患,非所以爲安。
新字:匈奴侵甚、侮甚,遇天子至不敬也,為天下患,至無已也。以漢而歳致金絮繒綵,是入貢職於蠻夷也,顧為戎人諸侯也。勢既卑辱,而禍且不息,長此何窮!陛下胡忍以帝皇之号持居此賓?窃料匈奴之衆,不過漢一千石大県,以天下之大而困於一県之正,甚窃為執事羞之。陛下有意,胡不使臣一試理此?夫胡人於古小諸侯之所銍権而服也,奚宜敢悍若此?以臣為属国之官,以主匈奴。因幸行臣之計,半歳之内,休屠飯失其口矣;少仮之間,休屠繋頸以草,膝行頓顙,請帰陛下之義。唯上財幸。而後復罷履属国之官,臣賜帰伏田盧,不復汚末廷,則忠臣之志快矣。今不獦猛敵而且獦田彘,不搏反寇而搏蓄菟,所獦得毋小,所搏得毋不急乎?繁細是虞,不図大患,非所以為安。
書き下し
匈奴侵すこと甚しく、侮ること甚しく、天子に遇うこと至りて不敬なり、天下の患いと為ること、至りて已む無し。漢を以て歳ごとに金絮繒綵を致すは、是れ職を蛮夷に入貢するなり、顧って戎人の諸侯と為るなり。勢い既に卑辱にして、禍い且に息まず、長く此くのごとくんば何ぞ窮まらん。陛下胡ぞ忍びて帝皇の号を以て此の賓に居らんや。竊かに匈奴の衆を料るに、漢の一千石の大県に過ぎず、天下の大を以て一県の正に困しむは、甚だ竊かに執事の為に之を羞ず。陛下意有らば、胡ぞ臣をして一たび試みに此を理めしめざる。夫れ胡人は古の小諸侯の銓権して服する所なり、奚ぞ宜しく敢えて悍なること此くの若き。臣を以て属国の官と為し、以て匈奴を主らしめよ。因りて幸いに臣の計を行わば、半歳の内に、休屠は飯して其の口を失わん。少しく之を仮す間に、休屠は頸を草を以て繋ぎ、膝行頓顙し、陛下の義に帰せんことを請わん。唯だ上財幸あれ。而る後復た属国の官を罷履し、臣を賜いて田盧に伏帰せしめ、復た末廷を汚さざれば、則ち忠臣の志快からん。今猛敵を獦らずして且に田彘を獦らんとし、反寇を搏たずして蓄菟を搏つ、獦て得る所小さきこと毋からんや、搏つ所急ならざること毋からんや。繁細を是れ虞れ、大患を図らざるは、安を為す所以に非ず。
現代語訳
匈奴の侵略はひどく、侮りもひどく、天子に対する態度は極めて不敬で、天下の患いとなって止むことがありません。漢が毎年金や綿、絹織物を送るのは、蛮夷に貢ぎ物を納めているのと同じで、かえって戎人の諸侯のようになっています。勢いはすでに屈辱的で、禍いは止まず、このまま続ければどこで終わるのでしょう。陛下はどうして耐えて、帝皇の号をもってこの賓客の座にお居りになれるのですか。私なりに匈奴の人数を測ると、漢の一千石の大県にすぎません。天下の大をもって一県ほどの者に苦しめられるのは、執事のためにひそかに恥ずかしく思います。陛下にお志があれば、なぜ私に試みにこれを治めさせないのですか。胡人は古の小諸侯でも量って従えられたはずで、どうして今、これほど強情にしていられましょう。私を属国の官に任じ、匈奴を担当させてください。幸いに私の計をお用いくだされば、半年のうちに休屠は食事の味を失い、しばらくの間に休屠は首に草の縄をかけられ、膝で進んで額を地につけ、陛下の義に帰順することを請うでしょう。どうか上は財を決裁してください。その後、属国の官を罷免し、私を田舎の家に帰らせて、再び朝廷を汚さなければ、忠臣としての志は満たされます。今は猛敵を狩らずに田の猪を狩ろうとし、反乱する賊を撃たずに飼いウサギを撃っていますが、狩って得るものは小さくないでしょうか、撃つものは急ではないのではありませんか。細かいことを心配して大きな患いを図らないのは、安泰を作る道ではありません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『春秋左氏伝』定公五年 子期、麇を焚く九月、夫概王歸りて、自ら立つ。王と戰ひて敗るるを以て、楚に奔りて堂谿氏と為る。吳の師、楚の師を雍澨に敗る。秦の師、又吳の師を敗る。吳の師、麇に居る。子期、將に之を焚かんとす。子西曰く、「父兄親ら骨を焉に暴す。收むる能はずして、又之を焚くは、不可なり」と。子期曰く、「國亡びんとす。死者若し知有らば、以て舊祀を歆くべし。豈に之を焚くを憚らんや」と。之を焚きて又戰ふ。吳の師敗る。又公婿の谿に戰ふ。吳の師大いに敗る。吳子乃ち歸る。闉輿罷を囚ふ。闉輿罷、先んぜんことを請ひ、遂に逃れ歸る。葉公諸梁の弟后臧、其の母に從ひて吳に於いてす。待たずして歸る。葉公、終に正視せず。乙亥、陽虎、季桓子及び公父文伯を囚へて、仲梁懷を逐ふ。
-
『晏子春秋』諫下・景公欲以人禮葬走狗晏子諫景公の走狗死し、公外に之が棺を共し、内に之が祭を給せしむ。晏子聞きて、諫む。公曰く、「亦た細物なり、特だ以て左右と笑いを為すのみ」と。晏子曰く、「君過てり。夫れ厚く籍斂して以て民に反さず、貨財を棄てて左右を笑わしめ、細民の憂いに傲りて、左右の笑いを崇ぶ、則ち国も亦た望み無きのみ。且つ夫れ孤老凍餒して死すれども、狗に祭有り。鰥寡恤まれずして死すれども、狗に棺有り。行いの辟なること此の若し、百姓之を聞かば、必ず吾が君を怨まん。諸侯之を聞かば、必ず吾が国を軽んぜん。怨み百姓に聚まり、権は諸侯に軽し、而して乃ち以て細物と為すは、君其れ之を図れ」と。公曰く、「善し」と。趣やかに庖に狗を治めしめ、以て朝属に会せしむ。
-
言志四録・言志録 第二百二十九条 先務を急にし賢を親しむ孟子は、先務を急にし、賢を親しむを急にするを以て、堯舜の仁智と為す。試みに二典を検するに、並びに皆前半截は是れ先務を急にし、後半截は是れ賢を親しむを急にす。
-
論語・顔淵篇子貢、政を問う。子曰く、「食を足し、兵を足し、民之を信ず。」子貢曰く、「必ず已むを得ずして去らば、斯の三者に於いて何をか先にせん。」曰く、「兵を去らん。」子貢曰く、「必ず已むを得ずして去らば、斯の二者に於いて何をか先にせん。」曰く、「食を去らん。古より皆死有り、民信無くんば立たず。」
-
孟子・告子章句上孟子曰く、「人の身に於けるや、愛する所を兼ぬ。愛する所を兼ぬれば、則ち養う所を兼ぬ。無尺寸の膚も愛せざること無ければ、則ち尺寸の膚も養わざること無きなり。其の善不善を考うる所以の者は、豈に他有らんや。己に於て之を取るのみ。體に貴賤有り、小大有り。小を以て大を害すること無く、賤を以て貴を害すること無かれ。其の小を養う者は小人為り、其の大を養う者は大人為り。今場師有り。其の梧檟(ゴ・カ)を舎てて、其の樲棘(ジ・キョク)を養わば、則ち賤場師と為さん。其の一指を養いて、而も其の肩背を失いて知らざれば、則ち狼疾人と為さん。飲食の人は、則ち人之を賤む。其の小を養いて以て大を失うが為なり。飲食の人も失うこと有る無ければ、則ち口腹豈に適だ尺寸の膚の為のみならんや。」
-
孟子・告子章句上孟子曰く、「今、無名の指、屈して信びざる有り。疾痛して事に害あるに非ざるなり。如し能く之を信ばす者有れば、則ち秦楚の路をも遠しとせず。指の人に若かざるが為なり。指の人に若かざるは、則ち之を惡むことを知る。心の人に若かざるは、則ち惡むことを知らず。此を之れ類を知らずと謂うなり。」
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る