新序 / 善謀第十
大行曰:「不然。夫神蛟濟於淵,而鳯鳥乘於風,聖人因於時。昔者,秦繆公都雍郊,地方三百里,知時之變,攻取西戎,辟地千里,并國十二,隴西北地是也。其後□恬為秦侵胡,以河為境,累石為城,積木為寨,匈奴不敢飲馬北河,置烽燧然後敢牧馬。夫匈奴可以力服也,不可以仁畜也。今以中國之大,萬倍之資,遣百分之一以攻匈奴,譬如以千石之弩,射㿈潰疽,必不留行矣。則北發月氐可得而臣也。臣故曰擊之便。」
新字:大行曰:「不然。夫神蛟済於淵,而鳯鳥乗於風,聖人因於時。昔者,秦繆公都雍郊,地方三百里,知時之変,攻取西戎,辟地千里,并国十二,隴西北地是也。其後□恬為秦侵胡,以河為境,累石為城,積木為寨,匈奴不敢飲馬北河,置烽燧然後敢牧馬。夫匈奴可以力服也,不可以仁畜也。今以中国之大,万倍之資,遣百分之一以攻匈奴,譬如以千石之弩,射㿈潰疽,必不留行矣。則北発月氐可得而臣也。臣故曰擊之便。」
書き下し
大行曰く、然らず。夫れ神蛟は淵に濟り、而して鳳鳥は風に乘る。聖人は時に因る。昔者、秦の繆公雍郊に都す。地方三百里。時の變を知り、西戎を攻取し、地を辟くこと千里、國を并すること十二。隴西・北地是れなり。其の後蒙恬秦の爲に胡を侵し、河を以て境と爲し、石を累ねて城と爲し、木を積みて寨と爲す。匈奴敢えて北河に馬を飲ましめず。烽燧を置きて然る後に敢えて馬を牧す。夫れ匈奴は力を以て服す可きなり。仁を以て畜う可からざるなり。今中國の大、萬倍の資を以て、百分の一を遣りて以て匈奴を攻む。譬えば千石の弩を以て、㿈潰の疽を射るが如し。必ず行を留めざらん。則ち北のかた月氐を發するも得て臣とす可きなり。臣故に曰く、之を擊つは便なり、と。
現代語訳
大行は言った。「そうではありません。そもそも神なる蛟は淵を渡り、鳳鳥は風に乗る。聖人は時に乗じます。昔、秦の繆公は雍の郊に都しました。土地は四方三百里。時の変化を知って、西戎を攻め取り、土地を千里広げ、国を十二併せました。隴西と北地がそれです。その後、蒙恬〔一字を欠く〕が秦のために胡を侵し、黄河を境とし、石を積んで城とし、木を積んで砦としました。匈奴はあえて北河で馬に水を飲ませませんでした。狼煙台を置いてはじめて馬を放牧できたのです。そもそも匈奴は力で服させられます。仁で養うことはできません。いま中国の大きさ、万倍の資力をもって、その百分の一を遣って匈奴を攻める。たとえば千石の強弩で、膿んだ腫れ物を射るようなものです。必ず貫いて止まりません。そうすれば北の月氏を動かしても臣とできます。だから臣は、撃つのが得策だと申します」。
解説
この章句が説くこと
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