新序 / 善謀第十
孝武皇帝時,大行王恢數言擊匈奴之便,可以除邊境之害,欲絶和親之約,御史大夫韓安國以為兵不可動。孝武皇帝召羣臣而問曰:「朕飾子女以配單于,幣帛文錦,賂之甚厚,今單于逆命加慢,侵盜無已,邊郡數驚,朕甚閔之,今欲舉兵以攻匈奴,如何?」大行臣恢再拜稽首曰:「善。陛下不言,臣固謁之。臣聞全代之時,北未嘗不有彊胡之敵内連中國之兵也,然尚得養老長㓜樹種以時,倉廪常實,守禦之備具,匈奴不敢輕侵也。今以陛下之威,海内為一家,天子同任,遣子弟乗邊守塞,轉粟輓輸,以為之備,而匈奴侵盜不休者,無他,不痛之患也。臣以為擊之便。」
新字:孝武皇帝時,大行王恢数言擊匈奴之便,可以除辺境之害,欲絶和親之約,御史大夫韓安国以為兵不可動。孝武皇帝召羣臣而問曰:「朕飾子女以配単于,幣帛文錦,賂之甚厚,今単于逆命加慢,侵盗無已,辺郡数驚,朕甚閔之,今欲舉兵以攻匈奴,如何?」大行臣恢再拝稽首曰:「善。陛下不言,臣固謁之。臣聞全代之時,北未嘗不有彊胡之敵内連中国之兵也,然尚得養老長幼樹種以時,倉廪常実,守禦之備具,匈奴不敢軽侵也。今以陛下之威,海内為一家,天子同任,遣子弟乗辺守塞,転粟輓輸,以為之備,而匈奴侵盗不休者,無他,不痛之患也。臣以為擊之便。」
書き下し
孝武皇帝の時、大行王恢數ミ匈奴を擊つの便を言い、以て邊境の害を除く可しとす。和親の約を絶たんと欲す。御史大夫韓安國以爲えらく兵は動かす可からず、と。孝武皇帝羣臣を召して問いて曰く、朕子女を飾りて以て單于に配し、幣帛文錦、之に賂うこと甚だ厚し。今單于命に逆らい慢を加え、侵盜已む無く、邊郡數ミ驚く。朕甚だ之を閔れむ。今兵を舉げて以て匈奴を攻めんと欲す。如何、と。大行臣恢再拜稽首して曰く、善し。陛下言わずんば、臣固より之を謁べん。臣聞く、全代の時、北に未だ嘗て彊胡の敵有りて内に中國の兵に連ならざるはあらず、と。然れども尚お老を養い幼を長じ樹種時を以てするを得、倉廩常に實ち、守禦の備え具わり、匈奴敢えて輕々しく侵さざるなり。今陛下の威を以て、海内一家と爲り、天子同じく任じ、子弟を遣りて邊に乘り塞を守らしめ、粟を轉じ輓輸して、以て之が備えを爲す。而して匈奴の侵盜休まざる者は、他無し、之を痛ましめざるの患いなり。臣以爲えらく之を擊つは便なり、と。
現代語訳
孝武皇帝のとき、大行の王恢がたびたび匈奴を撃つ利を述べ、それで辺境の害を除けるとした。和親の約を断とうとした。御史大夫の韓安国は兵は動かすべきでないとした。孝武皇帝は群臣を召して問うた。「朕は娘を飾って単于に配し、絹や織物を、たいそう厚く贈っている。いま単于は命に逆らって侮りを加え、侵し盗むことが止まず、辺境の郡はたびたび騒がされる。朕はたいそうこれを憐れむ。いま兵を挙げて匈奴を攻めようと思う。どうか」。大行の恢は二度拝み頭を地につけて言った。「けっこうです。陛下が仰らなくとも、臣はもとよりこれを申し上げるつもりでした。臣はこう聞いております、代の国が完全であった時代でも、北に強い胡の敵があって内に中国の兵と接しなかったことはない、と。それでも老人を養い幼子を育て、種を蒔くのに時を得られ、倉は常に満ち、守りの備えは整い、匈奴はあえて軽々しく侵さなかったのです。いま陛下の威をもって、天下は一つの家となり、天子が同じく任じ、子弟を遣って辺境に上がり砦を守らせ、粟を回して運んで、その備えとしています。それなのに匈奴の侵し盗むことが止まないのは、ほかでもない、痛い目を見せていないという患いです。臣は撃つのが得策だと思います」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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説苑・奉使齊魯を攻む。子貢哀公に見え、吳に救いを求めんことを請う。公曰く、「奚ぞ先君の寶を用いんや。」子貢曰く、「吳をして寶を責めて我に師を與えしむれば、是れ恃むべからざるなり。」是に於て楊幹麻筋の弓六を以て往く。子貢吳王に謂いて曰く、「齊無道を爲し、周公の後をして血食せざらしめんと欲す。且つ魯の賦五百、邾の賦三百なり。識らず此を以て齊を益せば、吳の利ならんか、非ならんか。」吳王懼れ、乃ち師を興して魯を救う。諸侯曰く、「齊周公の後を伐つに、吳之を救う。」遂に吳に朝す。
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説苑・奉使蔡師強・王堅をして楚に使いせしむ。楚王之を聞きて曰く、「人の名章章たる者多し、獨り師強王堅と爲すか。」趣かに之に見えんとし、次を以てせず、其の人の狀を視るに、其の名を疑いて其の聲を醜しとし、又た其の形を惡む。楚王大いに怒りて曰く、「今蔡人無きか。國伐つべきなり。人有りて遣わさざるか。國伐つべきなり。端に此を以て寡人を誡むるか。國伐つべきなり。」故に二使を發するに、三たび伐たんと謀る者を見る、蔡なり。
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孫子・謀攻篇故に上兵は謀を伐つ。その次は交を伐つ。その次は兵を伐つ。その下は城を攻む。
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孔子家語・辯物呉王夫差、将に哀公と与に晋侯に見えんとす。子服景伯、使者に対えて曰わく、「王諸侯を合すれば、則ち伯侯牧を率いて以て王に見う。伯諸侯を合すれば、則ち侯子男を率いて以て伯に見う。今諸侯会するに、君と寡君と晋君に見えば、則ち晋成りて伯と為らん。且つ執事伯を以て諸侯を召し、而して侯を以て之れを終うれば、何の利か之れ有らん。」呉人乃ち止む。既にして之れを悔い、遂に景伯を囚う。伯、大宰嚭に謂いて曰わく、「魯将に十月上辛を以て、上帝に事有らんとす、先王季辛にして畢わる。何ぞや、世に職有り、襄より已来之れを改む。若し其れ会せずんば、則ち祝宗将に曰わん、呉実に然りと。」嚭夫差に言い、之れを帰す。子貢之れを聞き、孔子に見えて曰わく、「子服氏の子、説くに拙し。実を以て囚を獲、詐を以て免るるを得たり。」孔子曰わく、「呉子は夷為り、徳は欺く可くして実を以てす可からず。是れ聴く者の蔽いにして、説く者の拙きに非ざるなり。」
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戦国策・齊攻宋宋使臧子索救於荊斉、宋を攻む。宋、臧子をして救いを荊に索めしむ。荊王大いに説び、救うことを許すこと甚だ勧む。臧子憂えて反る。其の御曰く、「救いを索めて得たり、憂色有るは何ぞや」と。臧子曰く、「宋は小にして斉は大なり。夫れ小宋を救いて大斉に悪まるるは、此れ王の憂うる所なり。而るに荊王説ぶこと甚だし。必ず以て我を堅くせん。我堅くして斉弊るれば、荊の利なり」と。臧子乃ち帰る。斉王果たして攻め、宋の五城を抜くも、荊王至らず。
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論語・憲問篇子曰く、命を為るに、裨諶之を草創し、世叔之を討論し、行人子羽之を脩飾し、東里の子産之を潤色す。