新序 / 善謀第十
髙皇帝五年,齊人婁敬戍隴西,過雒陽,脫輅輓見齊人虞將軍曰:「臣願見上言便宜事。」虞將軍欲與鮮衣。婁敬曰:「臣衣帛,衣帛見;衣褐,衣褐見,不敢易。」虞將軍入言上,上召見,賜食已而問,敬對曰:「陛下都雒陽,豈欲與周室比隆哉?」上曰:「然。」敬曰:「陛下取天下,與周室異。周之先自后稷,堯封之邰,積徳累善十餘世,公劉避桀居邠,大王以狄伐去邠,杖馬䇿居岐國,人爭歸之,及文王為西伯,斷虞芮訟,始受命,吕望、伯夷自海濱來歸之,武王伐紂,不期而會孟津上八百諸侯,滅殷,成王即位,周公之屬傅相,乃營成周雒邑,以為天下中,諸侯四方,納貢職道里均矣。有德則易以王,無德則易以亡,凡居此者,欲令周務德以致人,不欲恃險阻,令後世驕奢以虐民。及周之衰分為兩,天下莫朝,周不能制,非德薄,形勢弱也。
新字:高皇帝五年,斉人婁敬戍隴西,過雒陽,脫輅輓見斉人虞将軍曰:「臣願見上言便宜事。」虞将軍欲与鮮衣。婁敬曰:「臣衣帛,衣帛見;衣褐,衣褐見,不敢易。」虞将軍入言上,上召見,賜食已而問,敬対曰:「陛下都雒陽,豈欲与周室比隆哉?」上曰:「然。」敬曰:「陛下取天下,与周室異。周之先自后稷,堯封之邰,積徳累善十余世,公劉避桀居邠,大王以狄伐去邠,杖馬策居岐国,人争帰之,及文王為西伯,断虞芮訟,始受命,呂望、伯夷自海浜来帰之,武王伐紂,不期而会孟津上八百諸侯,滅殷,成王即位,周公之属傅相,乃営成周雒邑,以為天下中,諸侯四方,納貢職道里均矣。有徳則易以王,無徳則易以亡,凡居此者,欲令周務徳以致人,不欲恃険阻,令後世驕奢以虐民。及周之衰分為両,天下莫朝,周不能制,非徳薄,形勢弱也。
書き下し
高皇帝の五年、齊人婁敬隴西に戍る。雒陽を過ぎ、輅輓を脫して齊人虞將軍に見えて曰く、臣願わくは上に見えて便宜の事を言わん、と。虞將軍與に鮮衣せんと欲す。婁敬曰く、臣帛を衣なば、帛を衣て見えん。褐を衣なば、褐を衣て見えん。敢えて易えず、と。虞將軍入りて上に言う。上召見し、食を賜い已りて問う。敬對えて曰く、陛下雒陽に都す。豈に周室と隆を比べんと欲するか、と。上曰く、然り、と。敬曰く、陛下天下を取るは、周室と異なる。周の先は后稷よりす。堯之を邰に封ず。德を積み善を累ぬること十餘世。公劉桀を避けて邠に居る。大王狄の伐つを以て邠を去り、馬策を杖きて岐に居る。國人爭いて之に歸す。文王西伯と爲るに及び、虞・芮の訟を斷ず。始めて命を受く。呂望・伯夷海濱より來たりて之に歸す。武王紂を伐ち、期せずして孟津の上に會する八百諸侯。殷を滅ぼす。成王位に即き、周公の屬傅相たり。乃ち成周雒邑を營み、以て天下の中と爲す。諸侯四方、貢職を納むるに道里均しきなり。德有れば則ち以て王たり易く、德無ければ則ち以て亡び易し。凡そ此に居る者は、周をして德を務めて以て人を致さしめんと欲す。險阻を恃み、後世をして驕奢にして以て民を虐げしむるを欲せざるなり。周の衰うるに及び分かれて兩と爲る。天下朝する莫し。周制する能わず。德薄きに非ず、形勢弱ければなり。
現代語訳
高皇帝の五年、斉の人の婁敬が隴西に守備に赴いた。雒陽を通り、車の引き綱を外して斉の人の虞将軍に会って言った。「臣はどうか主上にお会いして、便宜の事を申し上げたい」。虞将軍はきれいな衣を着せようとした。婁敬は言った。「臣が絹を着ているなら、絹を着てお会いします。粗末な衣を着ているなら、粗末な衣でお会いします。あえて着替えません」。虞将軍は入って上に言った。上は召し出し、食事を賜り終えてから尋ねた。敬は答えて言った。「陛下は雒陽に都しておられます。周室と盛んさを比べようとされるのですか」。上は「そうだ」と言った。敬は言った。「陛下が天下を取られたのは、周室とは異なります。周の先祖は后稷からです。堯がこれを邰に封じました。徳を積み善を重ねること十余代。公劉は桀を避けて邠に住みました。大王は狄が伐つので邠を去り、馬の鞭を手に岐に住みました。国の人が争ってこれに帰しました。文王が西伯となるに及び、虞と芮の訴えを裁きました。はじめて天命を受けました。呂望と伯夷が海辺から来て帰しました。武王が紂を伐ち、約束もしないのに孟津のほとりに集まった八百の諸侯。殷を滅ぼしました。成王が位に就き、周公らが補佐しました。そこで成周雒邑を営み、天下の中央としました。四方の諸侯が、貢ぎ物を納めるのに道のりが等しいのです。徳があれば王となりやすく、徳がなければ滅びやすい。ここに住んだのは、周に徳に努めて人を集めさせようとしたからです。険しい地形を頼んで、後世の者が驕り奢って民を虐げるようになるのを望まなかったのです。周が衰えて二つに分かれるに及び、天下に朝見する者はなくなりました。周は抑えられなかった。徳が薄かったのではなく、形勢が弱かったのです」。
解説
この章句が説くこと
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呂氏春秋・精通③德なる者は、萬民の宰なり。月なる者は、群陰の本なり。月望なれば則ち蚌蛤實ち、群陰盈つ。月晦なれば則ち蚌蛤虚しく、群陰虧く。夫れ月、天に形われて、群陰、淵に化す。聖人、德を己に行いて、四方咸仁に飭し。
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論語・衛霊公篇子曰く、由、徳を知る者は鮮なし。
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論語・為政篇子曰く、之を道びくに政を以てし、之を斉(ととの)うるに刑を以てすれば、民免れて恥無し。之を道びくに徳を以てし、之を斉うるに礼を以てすれば、恥有り且つ格(いた)る。
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論語・為政篇子曰く、政を為すに徳を以てすれば、譬えば北辰其の所に居て衆星之に共(むか)うが如し。
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