新序 / 善謀第十
及蕭何等其餘功臣,皆未封。羣臣自疑,恐不得封,咸不自安,有揺動之心。於是髙皇帝在雒陽南宫上臺,見羣臣往往相與坐沙中語。上曰:「此何語?」留侯曰:「陛下不知乎?謀反耳。」上曰:「天下屬安,何故而反?」留侯曰:「陛下起布衣,與此屬定天下,陛下已為天子,而所封皆蕭曹故人,所誅皆平生怨仇。今軍吏計功,以天下不足以徧封,此屬畏陛下不能盡封,又見疑平生過失及誅,故即聚謀反耳。」上乃憂,曰:「為將奈何?」留侯曰:「上平生所憎,羣臣所共知誰最甚者?」上曰:「雍齒與我有故,數窘辱我,欲殺之,為其功多,故不忍。」留侯曰:「今急,先封雍齒,以示羣臣。羣臣見雍齒得封,即人人自堅矣。」於是上置酒封雍齒為什方侯,而急詔趣丞相御史定功行封,羣臣罷酒,皆喜曰:「雍齒且侯,我属無患矣。」還倍畔之心,銷邪道之謀,使國家安寧,累世無患者,張子房之謀也。
新字:及蕭何等其余功臣,皆未封。羣臣自疑,恐不得封,咸不自安,有揺動之心。於是高皇帝在雒陽南宮上台,見羣臣往往相与坐沙中語。上曰:「此何語?」留侯曰:「陛下不知乎?謀反耳。」上曰:「天下属安,何故而反?」留侯曰:「陛下起布衣,与此属定天下,陛下已為天子,而所封皆蕭曹故人,所誅皆平生怨仇。今軍吏計功,以天下不足以遍封,此属畏陛下不能尽封,又見疑平生過失及誅,故即聚謀反耳。」上乃憂,曰:「為将奈何?」留侯曰:「上平生所憎,羣臣所共知誰最甚者?」上曰:「雍歯与我有故,数窘辱我,欲殺之,為其功多,故不忍。」留侯曰:「今急,先封雍歯,以示羣臣。羣臣見雍歯得封,即人人自堅矣。」於是上置酒封雍歯為什方侯,而急詔趣丞相御史定功行封,羣臣罷酒,皆喜曰:「雍歯且侯,我属無患矣。」還倍畔之心,銷邪道之謀,使国家安寧,累世無患者,張子房之謀也。
書き下し
蕭何等其の餘の功臣に及びては、皆な未だ封ぜず。羣臣自ら疑い、封を得ざるを恐れ、咸な自ら安んぜず、搖動の心有り。是に於いて高皇帝雒陽の南宮の上臺に在り、羣臣往往にして相い與に沙中に坐して語るを見る。上曰く、此れ何の語ぞ、と。留侯曰く、陛下知らざるか。謀反のみ、と。上曰く、天下屬ミ安し。何の故にして反せん、と。留侯曰く、陛下布衣より起こり、此の屬と天下を定む。陛下已に天子と爲る。而して封ずる所は皆な蕭・曹の故人、誅する所は皆な平生の怨仇なり。今軍吏功を計るに、天下を以て徧く封ずるに足らず。此の屬陛下の盡くは封ずる能わざるを畏れ、又た平生の過失を疑われて誅せられんことを見る。故に即ち聚まりて謀反するのみ、と。上乃ち憂えて曰く、將た奈何せん、と。留侯曰く、上平生憎む所、羣臣の共に知る所、誰か最も甚だしき者ぞ、と。上曰く、雍齒は我と故有り。數ミ我を窘辱す。之を殺さんと欲す。其の功多きが爲に、故に忍びず、と。留侯曰く、今急なり。先ず雍齒を封じ、以て羣臣に示せ。羣臣雍齒の封を得るを見ば、即ち人人自ら堅からん、と。是に於いて上酒を置き雍齒を封じて什方侯と爲す。而して急ぎ丞相・御史に詔して功を定め封を行わしむ。羣臣酒を罷め、皆な喜びて曰く、雍齒すら且つ侯たり。我が屬患い無からん、と。倍畔の心を還し、邪道の謀を銷し、國家をして安寧ならしめ、世を累ねて患い無からしむるは、張子房の謀なり。
現代語訳
蕭何らその他の功臣については、みなまだ封じていなかった。群臣は自ら疑い、封を得られないことを恐れ、みな落ち着かず、揺れ動く心があった。そこで高皇帝は雒陽の南宮の高殿にいて、群臣があちこちで砂の上に座って語り合っているのを見た。上は言った。「これは何を語っているのか」。留侯は言った。「陛下はご存じないのですか。謀反です」。上は言った。「天下はようやく安らかだ。どういうわけで叛くのか」。留侯は言った。「陛下は庶民から身を起こし、この者たちと天下を定めました。陛下はすでに天子となられた。ところが封じたのはみな蕭何や曹参といった旧知の者、誅したのはみな日ごろの怨みの相手です。いま軍の役人が功を計算すると、天下をもってしても全員には封じきれません。この者たちは陛下が全員は封じられないことを恐れ、そのうえ日ごろの過失を疑われて誅されるのを見ています。だから集まって謀反しているのです」。上は憂えて言った。「どうすればよい」。留侯は言った。「上が日ごろ憎んでいて、群臣がみな知っている者で、誰がいちばんひどいですか」。上は言った。「雍歯は私と因縁がある。たびたび私を困らせ辱めた。殺そうと思った。功が多いので、我慢した」。留侯は言った。「いまが急所です。まず雍歯を封じて、群臣に見せなさい。群臣が雍歯が封を得るのを見れば、一人ひとりが自ら安心します」。そこで上は酒宴を設けて雍歯を封じ什方侯とした。そして急いで丞相と御史に詔を下して功を定め封を行わせた。群臣は酒宴を終えて、みな喜んで言った。「あの雍歯でさえ侯になった。我々は心配ない」。背く心を引き戻し、邪な謀を消し、国家を安らかにし、代を重ねて患いをなくしたのは、張子房の謀である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『呻吟語』内篇・談道・人事は就ち是れ天命人事は就ち是れ天命なり。
-
『晏子春秋』諫上・景公愛嬖妾隨其所欲晏子諫翟王子羨景公に臣たり、重駕を以てす。公之を観て説ばず。嬖人嬰子之を観んと欲す。公曰く、「晏子の寝病するに及ばん」と。囿中の台上に居りて以て之を観る。嬰子之を説び、因りて之が為に請いて曰く、「厚く之に禄せよ」と。公許諾す。晏子病を起こして公に見ゆ。公曰く、「翟王子羨の駕、寡人甚だ之を説ぶ。請う之をして示さしめんか」と。晏子曰く、「駕御の事、臣は職として焉に無し」と。公曰く、「寡人一たび之を楽しみ、是れ之に禄するに万鐘を以てせんと欲す、其れ足るか」と。対えて曰く、「昔、衛士東野の駕するや、公之を説び、嬰子説ばず、公因りて説ばず、遂に観ず。今、翟王子羨の駕するや、公説ばず、嬰子説び、公因りて之を説ぶ。請を為し、公之を許す、則ち是れ婦人の制を為すなり。且つ人を治むるを楽しまず、馬を治むるを楽しみ、賢人に厚く禄せず、禦夫に厚く禄す。昔者、先君桓公の地は今より狭きに、法治を修め、政教を広め、以て諸侯に霸たり。今君は、一諸侯も能く親しむ無く、歳凶にして年饑え、道途の死者相い望む。君は此れを憂恥せず、惟だ耳目の楽しみを図り、先君の功烈を修めず、惟だ駕御の伎を飾る、則ち公の民を顧みずして国を忘るること甚だしきなり。
-
『春秋左氏伝』僖公二十七年 蒍賈、賀さず二十七年春、杞の桓公來朝す。夷禮を用ゐる、故に「子」と曰ふ。公杞を卑しむ、杞共ならざればなり。夏、齊の孝公卒す。齊の怨み有れども、喪紀を廢せず、禮なり。秋、杞に入る、無禮を責むるなり。楚子將に宋を圍まんとし、子文をして兵を睽に治めしむ。終朝にして畢り、一人をも戮せず。子玉復た兵を蒍に治む。終日にして畢り、七人を鞭ち、三人の耳を貫く。國老皆子文を賀す、子文之に酒を飲ましむ。蒍賈尚ほ幼し、後れて至り、賀せず。子文之を問ふ。對へて曰く、「賀する所を知らず。子の政を子玉に傳ふるや、曰く、『以て國を靖んずるなり』と。諸を內に靖んじて諸を外に敗らば、獲る所幾何ぞ。子玉の敗るるは、子の舉なり。舉げて以て國を敗らば、將た何をか賀せん。子玉は剛にして無禮、以て民を治むべからず。三百乘を過ぎば、其れ以て入る能はざらん。苟も入りて賀すとも、何の後るることか之れ有らん」と。
-
『韓非子』説疑第四十四従ひて之を罰す。是を以て賢良遂に進みて姦邪並びに退く、故に一挙して能く諸侯を服す。其の記に在りて曰く、堯に丹朱有り、而して舜に商均有り、啓に五観有り、商に太甲有り、武王に管・蔡有り。五王の誅する所の者は、皆父兄子弟の親なり、而して殺して其の身を亡ぼし、其の家を残破する所の者は何ぞや。其の国を害し民を傷つけ法類を敗るを以てなり。其の挙ぐる所を観れば、或いは山林藪沢巌穴の間に在り、或いは囹圄緤紲纏索の中に在り、或いは割烹芻牧飯牛の事に在り。然れども明主は其の卑賤を羞ぢざるなり、其の能の以て法を明らかにし、国を便にし民を利すべきを以て、従ひて之を挙げ、身安く名尊し。乱主は則ち然らず、
-
『墨子』尚同中今、王公大人の刑政を為すは則ち此を舉ぐ。政、以て便辟を屬し、父兄故舊に宗りて、以て左右と為し、置きて以て正長と為す。民、上の正長を置くの、正しく以て民を治むるに非ざるを知る。是を以て皆な比周隠匿して、肯えて其の上に尚同すること莫し。是の故に上下、義を同じくせず。若し茍くも上下、義を同じくせざれば、賞譽も以て善を勸むるに足らずして、刑罰も以て暴を沮むるに足らず。
-
『韓非子』外儲説右下第三十五是に於て燕王因りて国を挙げて之に属す、子之大いに重し。一に曰く、潘寿は、隠者なり。燕人をして之を聘せしむ。潘寿燕王に見えて曰く、「臣子之の益の如くならんことを恐るるなり」と。王曰く、「何の益ぞや」と。対へて曰く、「古者禹死し、将に天下を益に伝へんとす、啓の人因りて相与に益を攻めて啓を立つ。今王子之を信愛し、将に国を子之に伝へんとす、太子の人尽く印を懐き、子之の人為る者一人の朝廷に在る者無し。王不幸にして羣臣を弃てなば、則ち子之も亦益ならん」と。王因りて吏の璽を収め、三百石より以上皆之を子之に効す、子之大いに重し。夫れ人主の鏡照とする所以の者は、諸侯の士徒なり、今諸侯の士徒は皆私門の党なり。人主の自ら浅娋する所以の者は、巌穴の士徒なり、今巌穴の士徒は皆私門の舎人なり。是れ何ぞや。奪褫の資子之に在ればなり。故に呉章曰く、「人主は佯りて人を憎愛せず。佯りて人を愛すれば、復た憎むを得ざるなり。佯りて人を憎めば、復た愛するを得ざるなり」と。一に曰く、燕王国を子之に伝へんと欲するや、之を潘寿に問ふ、対へて曰く、「禹益を愛して天下を益に任じ、已にして啓の人を以て吏と為す。老ゆるに及びて、啓を以て天下に任ずるに足らずと為す、故に天下を益に伝ふ、而して勢重尽く啓に在るなり。已にして啓友党と益を攻めて之が天下を奪ふ、是れ禹名は天下を益に伝へて、実は啓をして自ら之を取らしむるなり。此れ禹の堯・舜に及ばざること明らかなり。今王之を子之に伝へんと欲す、而して吏太子の人に非ざる者無きなり、是れ名は之を伝へて実は太子をして自ら之を取らしむるなり」と。燕王乃ち璽を収め、三百石より以上皆之を子之に効す、子之遂に重し。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る