新序 / 善謀第十
殷事已畢,偃革為軒,倒載干戈,以示天下不復用兵。今陛下能偃革,倒載干戈乎?」曰:「未能也。」「其不可五也。休馬於華山之陽,以示無所用。今陛下能休馬無所用乎?」曰:「未能也。」「其不可六也。休牛於桃林以示不復輸糧。今陛下能休牛不復輸糧乎?」曰:「未能也。」「其不可七矣。且夫天下游士,捐其親戚,棄墳墓,去故舊,從陛下游者,皆日夜望尺寸之地,今復立韓、魏、燕、趙、齊、楚之後,其王皆復立,游士各歸事其主,從其親戚;反其故舊墳墓,陛下誰與取天下乎?」其不可八也。且夫楚惟無强,六國復撓而從之,陛下焉得而臣之乎?誠用客之計,陛下之事去矣。」漢王輟食吐哺,罵曰:「豎儒㡬敗乃公事。」令趣銷印,止不使,遂并天下之兵,誅項籍,定海内,張子房之謀也。
新字:殷事已畢,偃革為軒,倒載干戈,以示天下不復用兵。今陛下能偃革,倒載干戈乎?」曰:「未能也。」「其不可五也。休馬於華山之陽,以示無所用。今陛下能休馬無所用乎?」曰:「未能也。」「其不可六也。休牛於桃林以示不復輸糧。今陛下能休牛不復輸糧乎?」曰:「未能也。」「其不可七矣。且夫天下游士,捐其親戚,棄墳墓,去故旧,従陛下游者,皆日夜望尺寸之地,今復立韓、魏、燕、趙、斉、楚之後,其王皆復立,游士各帰事其主,従其親戚;反其故旧墳墓,陛下誰与取天下乎?」其不可八也。且夫楚惟無強,六国復撓而従之,陛下焉得而臣之乎?誠用客之計,陛下之事去矣。」漢王輟食吐哺,罵曰:「豎儒㡬敗乃公事。」令趣銷印,止不使,遂并天下之兵,誅項籍,定海内,張子房之謀也。
書き下し
殷の事已に畢わり、革を偃せて軒と爲し、干戈を倒載して、以て天下に復た兵を用いざるを示す。今陛下能く革を偃せ、干戈を倒載するか、と。曰く、未だ能わざるなり、と。其の不可なる五なり。馬を華山の陽に休め、以て用うる所無きを示す。今陛下能く馬を休めて用うる所無からしむるか、と。曰く、未だ能わざるなり、と。其の不可なる六なり。牛を桃林に休め以て復た糧を輸さざるを示す。今陛下能く牛を休めて復た糧を輸さざるか、と。曰く、未だ能わざるなり、と。其の不可なる七なり。且つ夫れ天下の游士、其の親戚を捐て、墳墓を棄て、故舊を去りて、陛下に從いて游ぶ者は、皆な日夜尺寸の地を望む。今復た韓・魏・燕・趙・齊・楚の後を立て、其の王皆な復た立たば、游士各ミ歸りて其の主に事え、其の親戚に從い、其の故舊墳墓に反らん。陛下誰と與に天下を取らんや、と。其の不可なる八なり。且つ夫れ楚惟だ强き無くんば、六國復た撓みて之に從わん。陛下焉くんぞ得て之を臣とせんや。誠に客の計を用いば、陛下の事去らん、と。漢王食を輟め哺を吐きて、罵りて曰く、豎儒幾ど乃公の事を敗らんとす、と。趣かに印を銷さしめ、止めて使いせしめず。遂に天下の兵を并せ、項籍を誅し、海内を定む。張子房の謀なり。
現代語訳
「殷の事が終わると、武具を伏せて乗り物とし、武器を逆さに積んで、天下に二度と兵を用いないことを示しました。いま陛下は武具を伏せ、武器を逆さに積めますか」。「まだできない」。「不可の五です。馬を華山の南に放して、用いるところがないことを示しました。いま陛下は馬を休ませて用いないでいられますか」。「まだできない」。「不可の六です。牛を桃林に放して、二度と糧を運ばないことを示しました。いま陛下は牛を休ませて二度と糧を運ばずにいられますか」。「まだできない」。「不可の七です。そのうえ天下の遊説の士が、その親戚を捨て、墓を棄て、旧知を去って、陛下に従って渡り歩いているのは、みな日夜わずかな土地を望んでいるからです。いままた韓・魏・燕・趙・斉・楚の後を立て、その王がみな復活すれば、遊説の士はそれぞれ帰ってその主に仕え、親戚のもとに行き、旧知と墓のある土地に戻るでしょう。陛下は誰とともに天下を取られるのですか」。「不可の八です。そのうえ楚がただ強くさえなければ、六国はまたなびいてこれに従うでしょう。陛下はどうしてこれを臣とできましょう。まことに客の計を用いれば、陛下の事業は終わります」。漢王は食事をやめ口の物を吐き出して、罵って言った。「腐れ儒者が、危うく俺の事業を潰すところだった」。急いで印を溶かさせ、使者を止めて出さなかった。そのまま天下の兵を合わせ、項籍を誅し、天下を定めた。張子房の謀である。
解説
この章句が説くこと
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