新序 / 善謀第十
酈生說漢王曰:「方今燕、趙已復,唯齊未下,今田横據千里之齊,田間據二十萬之軍於歴城,諸田宗强,負海阻河濟南近楚,民多變詐,陛下雖遣數十萬師,未可以歲月下也。臣請奉明詔說齊王,令稱東藩。」於是使酈生食其説齊王,曰:「王知天下之所歸乎?」王曰:「不知也。」曰:「王知天下之所歸,則齊國可得而有也,若不知天下所歸,則齊國未可保也。」齊王曰:「天下何歸?」曰:「歸漢。」王曰:「先生何以言之?」
新字:酈生説漢王曰:「方今燕、趙已復,唯斉未下,今田横拠千里之斉,田間拠二十万之軍於歴城,諸田宗强,負海阻河済南近楚,民多変詐,陛下雖遣数十万師,未可以歳月下也。臣請奉明詔説斉王,令称東藩。」於是使酈生食其説斉王,曰:「王知天下之所帰乎?」王曰:「不知也。」曰:「王知天下之所帰,則斉国可得而有也,若不知天下所帰,則斉国未可保也。」斉王曰:「天下何帰?」曰:「帰漢。」王曰:「先生何以言之?」
書き下し
酈生漢王に說きて曰く、方今燕・趙已に復す。唯だ齊のみ未だ下らず。今田橫千里の齊に據り、田間二十萬の軍を歷城に據う。諸田宗强く、海に負い河に阻り、濟南は楚に近し。民變詐多し。陛下數十萬の師を遣ると雖も、未だ歳月を以て下す可からざるなり。臣請う明詔を奉じて齊王に說き、東藩と稱せしめん、と。是に於いて酈生食其をして齊王に說かしむ。曰く、王天下の歸する所を知るか、と。王曰く、知らざるなり、と。曰く、王天下の歸する所を知らば、則ち齊國得て有つ可きなり。若し天下の歸する所を知らずんば、則ち齊國未だ保つ可からざるなり、と。齊王曰く、天下何くに歸する、と。曰く、漢に歸す、と。王曰く、先生何を以て之を言う、と。
現代語訳
酈生は漢王に説いて言った。「いま燕と趙はすでに回復しました。ただ斉だけが下っていません。いま田横は千里の斉に拠り、田間は二十万の軍を歴城に据えています。田氏の一族は強く、海を背にし黄河を隔て、済南は楚に近い。民は変わり身が早く偽りが多い。陛下が数十万の軍を遣わされても、年月をかけても下せないでしょう。臣にどうか明詔を奉じて斉王に説かせ、東の藩と称させてください」。そこで酈食其に斉王を説かせた。「王は天下がどこに帰するかをご存じか」。王は言った。「知らない」。「王が天下の帰するところを知れば、斉の国は保てます。もし天下の帰するところを知らなければ、斉の国は保てません」。斉王は言った。「天下はどこに帰するのか」。「漢に帰します」。王は言った。「先生は何をもってそう言われるのか」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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説苑・奉使齊魯を攻む。子貢哀公に見え、吳に救いを求めんことを請う。公曰く、「奚ぞ先君の寶を用いんや。」子貢曰く、「吳をして寶を責めて我に師を與えしむれば、是れ恃むべからざるなり。」是に於て楊幹麻筋の弓六を以て往く。子貢吳王に謂いて曰く、「齊無道を爲し、周公の後をして血食せざらしめんと欲す。且つ魯の賦五百、邾の賦三百なり。識らず此を以て齊を益せば、吳の利ならんか、非ならんか。」吳王懼れ、乃ち師を興して魯を救う。諸侯曰く、「齊周公の後を伐つに、吳之を救う。」遂に吳に朝す。
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説苑・奉使蔡師強・王堅をして楚に使いせしむ。楚王之を聞きて曰く、「人の名章章たる者多し、獨り師強王堅と爲すか。」趣かに之に見えんとし、次を以てせず、其の人の狀を視るに、其の名を疑いて其の聲を醜しとし、又た其の形を惡む。楚王大いに怒りて曰く、「今蔡人無きか。國伐つべきなり。人有りて遣わさざるか。國伐つべきなり。端に此を以て寡人を誡むるか。國伐つべきなり。」故に二使を發するに、三たび伐たんと謀る者を見る、蔡なり。
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孫子・謀攻篇故に上兵は謀を伐つ。その次は交を伐つ。その次は兵を伐つ。その下は城を攻む。
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孔子家語・辯物呉王夫差、将に哀公と与に晋侯に見えんとす。子服景伯、使者に対えて曰わく、「王諸侯を合すれば、則ち伯侯牧を率いて以て王に見う。伯諸侯を合すれば、則ち侯子男を率いて以て伯に見う。今諸侯会するに、君と寡君と晋君に見えば、則ち晋成りて伯と為らん。且つ執事伯を以て諸侯を召し、而して侯を以て之れを終うれば、何の利か之れ有らん。」呉人乃ち止む。既にして之れを悔い、遂に景伯を囚う。伯、大宰嚭に謂いて曰わく、「魯将に十月上辛を以て、上帝に事有らんとす、先王季辛にして畢わる。何ぞや、世に職有り、襄より已来之れを改む。若し其れ会せずんば、則ち祝宗将に曰わん、呉実に然りと。」嚭夫差に言い、之れを帰す。子貢之れを聞き、孔子に見えて曰わく、「子服氏の子、説くに拙し。実を以て囚を獲、詐を以て免るるを得たり。」孔子曰わく、「呉子は夷為り、徳は欺く可くして実を以てす可からず。是れ聴く者の蔽いにして、説く者の拙きに非ざるなり。」
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戦国策・齊攻宋宋使臧子索救於荊斉、宋を攻む。宋、臧子をして救いを荊に索めしむ。荊王大いに説び、救うことを許すこと甚だ勧む。臧子憂えて反る。其の御曰く、「救いを索めて得たり、憂色有るは何ぞや」と。臧子曰く、「宋は小にして斉は大なり。夫れ小宋を救いて大斉に悪まるるは、此れ王の憂うる所なり。而るに荊王説ぶこと甚だし。必ず以て我を堅くせん。我堅くして斉弊るれば、荊の利なり」と。臧子乃ち帰る。斉王果たして攻め、宋の五城を抜くも、荊王至らず。
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論語・憲問篇子曰く、命を為るに、裨諶之を草創し、世叔之を討論し、行人子羽之を脩飾し、東里の子産之を潤色す。