新序 / 善謀第十
今大王誠反其道,任天下武勇,何不誅?以天下城邑封功臣,何不服?以義兵從思東歸之士,何不㪚且三秦王為秦將,秦弟子數歳,所殺亡不可勝計,又欺其衆降諸侯至新安,項王詐坑秦降卒二十餘萬人,唯獨邯、欣、翳脫,秦父兄怨此三人,痛入骨髓。今楚强以威王此三人,秦民莫愛,大王之入武闗,秋毫無所害,除秦苛法,與秦約,法三章,且秦民無不欲得大王王秦者,於諸侯約,大王當王闗中,民户知之,大王失職之蜀,民無不恨者,今大王舉而東,三秦可傳檄而定也。」於是漢王喜,自以為得信晩遂聴信計,部署諸將所擊。八月,漢王東出,秦民歸漢,王遂誅三秦,王定其地,收諸侯兵討項王,定帝業,韓信之謀也。
新字:今大王誠反其道,任天下武勇,何不誅?以天下城邑封功臣,何不服?以義兵従思東帰之士,何不㪚且三秦王為秦将,秦弟子数歳,所殺亡不可勝計,又欺其衆降諸侯至新安,項王詐坑秦降卒二十余万人,唯独邯、欣、翳脫,秦父兄怨此三人,痛入骨髄。今楚强以威王此三人,秦民莫愛,大王之入武関,秋毫無所害,除秦苛法,与秦約,法三章,且秦民無不欲得大王王秦者,於諸侯約,大王当王関中,民戸知之,大王失職之蜀,民無不恨者,今大王舉而東,三秦可伝檄而定也。」於是漢王喜,自以為得信晩遂聴信計,部署諸将所擊。八月,漢王東出,秦民帰漢,王遂誅三秦,王定其地,収諸侯兵討項王,定帝業,韓信之謀也。
書き下し
今大王誠に其の道に反し、天下の武勇に任ぜば、何ぞ誅せざらん。天下の城邑を以て功臣を封ぜば、何ぞ服せざらん。義兵を以て東歸を思うの士に從わば、何ぞ散ぜざらん。且つ三秦の王は秦の將と爲る。秦の弟子數歳、殺亡する所勝げて計う可からず。又た其の衆を欺きて諸侯に降り新安に至る。項王詐りて秦の降卒二十餘萬人を坑にす。唯だ獨り邯・欣・翳のみ脫る。秦の父兄此の三人を怨むこと、痛み骨髓に入る。今楚强いて威を以て此の三人を王とす。秦民愛する莫し。大王の武關に入るや、秋毫も害する所無く、秦の苛法を除き、秦と約し、法は三章のみ。且つ秦民大王を得て秦に王たらしめんと欲せざる無し。諸侯に於ける約、大王當に關中に王たるべし。民戸ミ之を知る。大王職を失いて蜀に之く。民恨まざる者無し。今大王舉げて東せば、三秦は檄を傳えて定む可きなり、と。是に於いて漢王喜び、自ら以爲えらく信を得ること晩し、と。遂に信の計を聽き、諸將の擊つ所を部署す。八月、漢王東出す。秦民漢に歸す。王遂に三秦を誅し、王として其の地を定む。諸侯の兵を收めて項王を討ち、帝業を定む。韓信の謀なり。
現代語訳
「いま大王がまことにその道を逆にして、天下の武勇の士に任せれば、誅せられない者がありましょうか。天下の城邑をもって功臣を封ずれば、服さない者がありましょうか。義の兵をもって東に帰りたがっている士を従えれば、散らせない者がありましょうか。そのうえ三秦の王は秦の将軍でした。秦の若者を数年、殺し失わせた数は数えきれません。しかもその部下を欺いて諸侯に降り、新安に至りました。項王は偽って秦の降兵二十余万人を穴埋めにしました。ただ章邯・司馬欣・董翳だけが逃れました。秦の父兄がこの三人を怨むことは、痛みが骨髄に入っています。いま楚は無理に威をもってこの三人を王としています。秦の民に慕う者はいません。大王が武関に入られたときは、毛筋ほども害するところがなく、秦の苛法を除き、秦と約束して、法は三章だけでした。そのうえ秦の民は大王を得て秦の王としたいと思わない者はいません。諸侯との約束では、大王が関中の王となるはずでした。民は家ごとにそれを知っています。大王はその職を失って蜀に行かれた。民で恨まない者はいません。いま大王が兵を挙げて東へ出れば、三秦は檄を回すだけで定まります」。そこで漢王は喜び、韓信を得るのが遅かったと思った。そのまま信の計に従い、諸将の攻める先を配置した。八月、漢王は東に出た。秦の民は漢に帰した。王はそのまま三秦を誅し、王としてその地を定めた。諸侯の兵を集めて項王を討ち、帝業を定めた。韓信の謀である。
解説
この章句が説くこと
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論語・子張篇孟氏、陽膚をして士師たらしむ。曾子に問う。曾子曰く、「上其の道を失いて、民散ずること久し。如し其の情を得ば、則ち哀矜して喜ぶこと勿かれ。」
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