呂氏春秋 / 首時⑤
飢馬盈廄,嗼然,未見芻也;飢狗盈窖,嗼然,未見骨也;見骨與芻,動不可禁。亂世之民,嗼然,未見賢者也,見賢人則往不可止。往者非其形,心之謂乎。齊以東帝困於天下而魯取徐州,邯鄲以壽陵困於萬民而衛取繭氏。以魯、衛之細而皆得志於大國,遇其時也。故賢主秀士之欲憂黔首者,亂世當之矣。天不再與,時不久留,能不兩工,事在當之。
新字:飢馬盈廄,嗼然,未見芻也;飢狗盈窖,嗼然,未見骨也;見骨与芻,動不可禁。乱世之民,嗼然,未見賢者也,見賢人則往不可止。往者非其形,心之謂乎。斉以東帝困於天下而魯取徐州,邯鄲以寿陵困於万民而衛取繭氏。以魯、衛之細而皆得志於大国,遇其時也。故賢主秀士之欲憂黔首者,乱世当之矣。天不再与,時不久留,能不両工,事在当之。
書き下し
飢馬厩に盈ちて嗼然たるは、未だ芻を見ざればなり。飢狗窖に盈ちて嗼然たるは、未だ骨を見ざればなり。骨と芻とを見れば、動くこと禁ず可からず。亂世の民嗼然たるは、未だ賢者を見ざればなり。賢人を見れば則ち往くこと止む可からず。往くとは其の形に非ず、心を之れ謂うか。齊は東帝を以て天下に困しみ、而して魯は徐州を取れり。邯鄲は壽陵を以て萬民に困しみて、而して衛は繭氏を取れり。魯・衛の細を以て、皆志を大國に得たるは、其の時に遇えばなり。故に賢主秀士の黔首を憂えんと欲する者は、亂世之に當たれり。天は再び與えず、時は久しく留まらず。能は兩つながら工ならず、事之に當たるに在り。
現代語訳
飢えた馬が馬屋に満ちて静まっているのは、まだ秣を見ていないからだ。飢えた犬が穴倉に満ちて静まっているのは、まだ骨を見ていないからだ。骨や秣を見れば、動くのを止められない。乱世の民が静まっているのは、まだ賢者を見ていないからだ。賢者を見れば、慕い寄るのを止められない。寄るというのは体ではなく、心のことをいうのだろう。斉は東帝を称して天下に苦しめられ、その隙に魯は徐州を取った。趙は寿陵の失政で万民に苦しめられ、その隙に衛は繭氏を取った。魯や衛のような小国が大国から領地を得られたのは、時機に遇ったからである。だから賢君や優れた士で民を憂えようとする者にとって、乱世こそその好機である。天は二度と与えず、時機は長くとどまらない。能力は治世乱世の両方に巧みではありえず、要はその時機に当たることにある。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『春秋左氏伝』哀公二十六年 縦にして其の罪を盈たしめよ二十六年夏五月、叔孫舒、師を帥ゐて越の皋如・后庸、宋の樂茷に會し、衛侯を納れんとす。文子、之を納れんと欲す。懿子曰く、「君は愎にして虐なり。少しく之を待て。必ず民に毒せん。乃ち子に睦まん」と。師、外州を侵し、大いに獲。出でて之を禦ぎ、大いに敗る。褚師定子の墓を掘り、之を平莊の上に焚く。文子、王孫齊をして皋如に私せしめて曰く、「子、將に大いに衛を滅ぼさんとするか。抑も君を納るるのみか」と。皋如曰く、「寡君の命は他無し。衛君を納るるのみ」と。文子、衆を致して焉に問ひて曰く、「君、蠻夷を以て國を伐つ。國幾ど亡びんとす。請ふ、之を納れん」と。衆曰く、「納るること勿かれ」と。曰く、「彌牟亡びて益有らば、請ふ、北門より出でん」と。衆曰く、「出づること勿かれ」と。重く越人に賂し、申ねて開き陴を守りて公を納る。公、敢へて入らず。師還る。悼公を立つ。南氏之に相たり。城鉏を以て越人に與ふ。公曰く、「期則ち此を為す」と。苟も夫人に怨み有る者をして之に報いしむ。司徒期、越に聘す。公、攻めて其の幣を奪ふ。期、王に告ぐ。王、之を取らしむ。期、衆を以て之を取る。公怒りて、期の甥の大子為る者を殺す。遂に越に卒す。宋の景公、子無し。公孫周の子得と啟とを取りて、諸を公宮に畜ふ。未だ立つること有らず。是に於て皇緩は右師為り、皇非我は大司馬為り、皇懷は司徒為り、靈不緩は左師為り、樂茷は司城為り、樂朱鉏は大司寇為り。六卿三族、降りて政を聽き、大尹に因りて以て達す。大尹常に告げずして、其の欲を以て、君命と稱して以て令す。國人之を惡む。司城、大尹を去らんと欲す。左師曰く、「之を縱にして、其の罪を盈たしめよ。重くして基無し。能く敝るること無からんや」と。
-
『春秋左氏伝』哀公十六年 白公の乱秋七月、子西・子期を朝に殺して、惠王を劫かす。子西、袂を以て面を掩ひて死す。子期曰く、「昔者吾、力を以て君に事ふ。以て終へざる可からず」と。豫章を抉きて以て人を殺し、而る後に死す。石乞曰く、「庫を焚き王を弒せん。然らずんば濟らず」と。白公曰く、「不可なり。王を殺すは不祥なり。庫を焚かば聚無し。將た何を以て守らんや」と。乞曰く、「楚國を有ちて其の民を治め、敬を以て神に事へば、以て祥を得可し。且つ聚有らん。何ぞ從はざるを患へん」と。葉公、蔡に在り。方城の外、皆曰く、「以て入る可し」と。子高曰く、「吾之を聞く、險を以て幸を徼むる者は、其の求むること饜く無し、と。偏重なれば必ず離れん」と。其の齊の管脩を殺すを聞きて、而る後に入る。白公、子閭を以て王と為さんと欲す。子閭可かず。遂に劫かすに兵を以てす。子閭曰く、「王孫若し楚國を安靖し、王室を匡正して、而る後に焉を庇はば、啟の願なり。敢へて聽從せざらんや。若し將に利を專らにして、以て王室を傾け、楚國を顧みざらんとせば、死有るとも能はず」と。
-
『春秋左氏伝』哀公二十五年 衆怒は犯し難し而して大子疾の宮より、譟ぎて以て公を攻む。鄄子士、之を禦がんと請ふ。彌、其の手を援きて曰く、「子は則ち勇なり。將た君を若何せん。先君を見ずや。君、何の所にか欲を逞しくせざらん。且つ君嘗て外に在り。豈に必ずしも反らざらんや。今に當りては可ならず。衆怒は犯し難し。休まば間し易きなり」と。乃ち出づ。將に蒲に適かんとす。彌曰く、「晉は信無し。可ならず」と。將に鄄に適かんとす。彌曰く、「齊・晉、我を爭ふ。可ならず」と。將に泠に適かんとす。彌曰く、「魯は與にするに足らず。請ふ、城鉏に適きて、以て越を鉤かん。越に君有り」と。乃ち城鉏に適く。彌曰く、「衛の盜、知る可からざるなり。請ふ、速かにせよ。我より始めん」と。乃ち寶を載せて以て歸る。公、支離の卒を為り、祝史揮に因りて以て衛を侵す。衛人之を病む。懿子、之を知り、子之に見えて、揮を逐はんと請ふ。文子曰く、「罪無し」と。懿子曰く、「彼、利を專らにするを好みて妄なり。夫れ君の入るを見ば、將に先づ道かんとす。若し之を逐はば、必ず南門より出でて、君の所に適かん。夫れ越は新たに諸侯を得たり。將に必ず師を請はん」と。揮、朝に在り。吏をして諸を其の室より遣らしむ。揮出づ。信するも内れず。五日、乃ち諸を外里に館す。遂に寵有り。越に如きて師を請はしむ。
-
言志四録・言志録 第百八十二条 幾の至るを候つ処し難きの事に遇はば、妄動するを得ず。須らく幾の至るを候ちて之に応ずべし。
-
説苑・說叢時至らざれば、強いて生ずべからず。事究めざれば、強いて求むべからず。貞良にして亡ぶるは、先人の餘殃なり。猖獗にして活くるは、先人の餘烈なり。權は重きを取り、澤は長きを取る。才賢にして任輕ければ則ち名有り、不肖にして任大なれば身死し名廢る。
-
論語・郷党篇色みて斯に挙がり、翔りて後に集まる。曰く、「山梁の雌雉、時なるかな、時なるかな。」子路之を共す。三たび嗅ぎて作つ。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る