新序 / 善謀第十
漢王既用滕公、蕭何之言,擢拜韓信為上將軍,引信上坐,王問曰:「丞相數言將軍,將軍何以敎寡人計䇿?」信謝,因問王曰:「今東向爭權天下,豈非項王耶?曰然,大王自斷勇仁悍强,孰與項王?」漢王黙然良久,曰:「不如也!」信再拜賀曰:「唯信亦以為大王不如也。然臣嘗事楚,請言項王為人。項王喑噁叱咤千人皆廢,然不能任屬賢將,此匹夫之勇耳。項王見人恭謹,言語呴呴,人疾病,涕泣分食飲,至使人有功當封爵,印刓綬弊,忍不能與,此所謂婦人之仁。項王雖覇天下而臣諸侯,不居闗中,都彭城,又背義帝約,而以親愛王,諸侯不平。諸侯之見項王遷逐義帝江南,亦皆歸逐其主自王善地。項王所過,無不殘滅多怨,百姓不附,特劫於威强服耳。名雖為覇王,實失天下心,故曰其强易弱。
新字:漢王既用滕公、蕭何之言,擢拝韓信為上将軍,引信上坐,王問曰:「丞相数言将軍,将軍何以教寡人計策?」信謝,因問王曰:「今東向争権天下,豈非項王耶?曰然,大王自断勇仁悍强,孰与項王?」漢王黙然良久,曰:「不如也!」信再拝賀曰:「唯信亦以為大王不如也。然臣嘗事楚,請言項王為人。項王喑噁叱咤千人皆廃,然不能任属賢将,此匹夫之勇耳。項王見人恭謹,言語呴呴,人疾病,涕泣分食飲,至使人有功当封爵,印刓綬弊,忍不能与,此所謂婦人之仁。項王雖覇天下而臣諸侯,不居関中,都彭城,又背義帝約,而以親愛王,諸侯不平。諸侯之見項王遷逐義帝江南,亦皆帰逐其主自王善地。項王所過,無不残滅多怨,百姓不附,特劫於威强服耳。名雖為覇王,実失天下心,故曰其强易弱。
書き下し
漢王既に滕公・蕭何の言を用い、韓信を擢拜して上將軍と爲す。信を引きて上坐せしむ。王問いて曰く、丞相數ミ將軍を言う。將軍何を以てか寡人に計策を敎うる、と。信謝し、因りて王に問いて曰く、今東に向かいて權を天下に爭うは、豈に項王に非ずや。曰く、然り、と。大王自ら勇仁悍强を斷ずるに、項王と孰與れぞ、と。漢王默然たること良や久し。曰く、如かざるなり、と。信再拜して賀して曰く、唯だ信も亦た以爲えらく大王は如かざるなり、と。然れども臣嘗て楚に事う。請う項王の人と爲りを言わん。項王喑噁叱咤すれば千人皆な廢る。然れども賢將を任屬する能わず。此れ匹夫の勇のみ。項王人を見て恭謹、言語呴呴たり。人疾病すれば、涕泣して食飲を分かつ。人の功有りて封爵に當たるに至りては、印刓れ綬弊るるまで、忍びて與うる能わず。此れ所謂婦人の仁なり。項王天下に覇として諸侯を臣とすと雖も、關中に居らず、彭城に都す。又た義帝の約に背き、而して親愛を以て王とす。諸侯平らかならず。諸侯の項王の義帝を江南に遷逐するを見るや、亦た皆な歸りて其の主を逐い自ら善地に王たり。項王の過ぐる所、殘滅せざる無く怨み多し。百姓附かず、特だ威强に劫かされて服するのみ。名は覇王と爲すと雖も、實は天下の心を失う。故に曰く、其の强きは弱め易し、と。
現代語訳
漢王はすでに滕公と蕭何の言を用いて、韓信を抜擢して上将軍とした。信を引き上げて上座に着かせた。王は問うた。「丞相がたびたび将軍のことを言う。将軍は何をもって私に計策を教えてくれるか」。信は礼を述べ、そのうえで王に問うた。「いま東に向かって権を天下に争う相手は、項王ではありませんか」。「そのとおりだ」。「大王がご自身で勇・仁・悍・強を判断されて、項王と比べていかがですか」。漢王はしばらく黙っていた。「及ばない」。信は二度拝んで祝して言った。「私もまた大王が及ばないと思います。しかし臣はかつて楚に仕えました。項王の人となりを述べさせてください。項王が声を荒げて叱りつければ千人がみな倒れます。しかし優れた将に任せることができません。これは匹夫の勇にすぎません。項王は人に会えば恭しく慎み深く、言葉は優しい。人が病めば、涙を流して食べ物を分けます。ところが人に功があって爵を封ずるべきときになると、印の角が擦り切れ綬が傷むまで、惜しんで与えられない。これがいわゆる婦人の仁です。項王は天下に覇を唱えて諸侯を臣としましたが、関中に住まず、彭城に都しました。そのうえ義帝との約束に背き、親しい者を王としました。諸侯は不平です。諸侯は項王が義帝を江南に追いやったのを見て、みな帰ってその主を追い、自ら良い土地に王となりました。項王が通った所は、荒れ滅びないところがなく怨みが多い。民は付かず、ただ威と強さに脅されて服しているだけです。名は覇王ですが、実は天下の心を失っています。だから、その強さは弱めやすいと言うのです」。
解説
この章句が説くこと
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