新序 / 善謀第九
楚平王殺伍子胥之父,子胥出亡,挾弓而干闔閭,大之甚,勇之為是而欲興師伐楚。子胥諫曰:「不可,臣聞之,君子不為匹夫興師,且事君猶事父也,虧君之義,復父之讎,臣不為也。」於是止。蔡昭公朝於楚,有美裘,楚令尹囊瓦求之,昭公不予,於是拘昭公於郢。數年而后歸之,昭公濟漢水,沉璧曰:「諸侯有伐楚者,寡人請為前列。」楚人聞之怒,於是興師伐蔡,蔡請救于吳,子胥諫曰:「蔡非有罪也,楚人無道也,君若有憂中國之心,則若此時可矣。」於是興師伐楚,遂敗楚人於栢舉而成覇道,子胥之謀也。故春秋美而襃之。
新字:楚平王殺伍子胥之父,子胥出亡,挟弓而干闔閭,大之甚,勇之為是而欲興師伐楚。子胥諫曰:「不可,臣聞之,君子不為匹夫興師,且事君猶事父也,虧君之義,復父之讎,臣不為也。」於是止。蔡昭公朝於楚,有美裘,楚令尹嚢瓦求之,昭公不予,於是拘昭公於郢。数年而后帰之,昭公済漢水,沈璧曰:「諸侯有伐楚者,寡人請為前列。」楚人聞之怒,於是興師伐蔡,蔡請救于呉,子胥諫曰:「蔡非有罪也,楚人無道也,君若有憂中国之心,則若此時可矣。」於是興師伐楚,遂敗楚人於栢舉而成覇道,子胥之謀也。故春秋美而褒之。
書き下し
楚の平王伍子胥の父を殺す。子胥出亡し、弓を挾みて闔閭に干む。之を大とすること甚だし。勇にして是を爲すとし、而して師を興して楚を伐たんと欲す。子胥諫めて曰く、不可なり。臣之を聞く、君子は匹夫の爲に師を興さず、と。且つ君に事うるは猶お父に事うるがごときなり。君の義を虧きて、父の讎に復ゆるは、臣爲さざるなり、と。是に於いて止む。蔡の昭公楚に朝す。美裘有り。楚の令尹囊瓦之を求む。昭公予えず。是に於いて昭公を郢に拘す。數年にして后に之を歸す。昭公漢水を濟り、璧を沈めて曰く、諸侯に楚を伐つ者有らば、寡人請う前列と爲らん、と。楚人之を聞きて怒り、是に於いて師を興して蔡を伐つ。蔡救いを吳に請う。子胥諫めて曰く、蔡は罪有るに非ざるなり。楚人無道なるなり。君若し中國を憂うるの心有らば、則ち此の時の若きは可なり、と。是に於いて師を興して楚を伐ち、遂に楚人を栢舉に敗りて覇道を成す。子胥の謀なり。故に春秋美として之を襃む。
現代語訳
楚の平王が伍子胥の父を殺した。子胥は逃げ出し、弓を抱えて闔閭に売り込んだ。闔閭はこれを大いに買った。勇があるとして、軍を起こして楚を伐とうとした。子胥は諫めて言った。「いけません。臣はこう聞いております、君子は一人の匹夫のために軍を起こさない、と。そのうえ君に仕えるのは父に仕えるのと同じです。君の義を欠かせて、父の仇を報いるのは、臣にはできません」。そこでやめた。蔡の昭公が楚に朝見した。美しい皮衣を持っていた。楚の令尹の嚢瓦がこれを求めた。昭公は与えなかった。そこで昭公を郢に拘束した。数年してから帰した。昭公は漢水を渡り、璧を沈めて言った。「諸侯で楚を伐つ者があれば、私はどうか先頭に立とう」。楚の人はこれを聞いて怒り、軍を起こして蔡を伐った。蔡は救いを呉に請うた。子胥は諫めて言った。「蔡に罪があるのではありません。楚の人が無道なのです。君にもし中原を憂える心があるなら、いまこそがその時です」。そこで軍を起こして楚を伐ち、ついに楚の人を柏挙で破って覇道を成した。子胥の謀である。だから『春秋』は美として、これを褒めた。
解説
この章句が説くこと
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易経・需卦周易 第五卦。乾下坎上。易経。需は、孚有り、光いに亨る。貞にして吉、大川を渉るに利ろし。初九、郊に需つ。恒を用うるに利ろし、咎无し。九二、沙に需つ。小しく言有れども、終には吉。九三、泥に需つ。寇の至るを致す。六四、血に需つ。穴より出づ。九五、酒食に需つ。貞にして吉。上六、穴に入る。速かざるの客三人来たる有り、之を敬すれば終には吉。彖に曰く、
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孫子・行軍篇丘陵堤防には、必ず其の陽に処りて、之を右背にす。此れ兵の利、地の助けなり。上に雨ふり、水沫至らば、渉らんと欲する者は、其の定まるを待て。
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孫子・形篇孫子曰く、昔の善く戦う者は、まず不可勝を為して、以て敵の可勝を待つ。
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史記 周本紀是に於て武王遍く諸侯に告げて曰く、「殷重罪有り、以て畢く伐たざる可からず」と。乃ち文王に遵ひ、遂に戎車三百乗、虎賁三千人、甲士四万五千人を率ゐて、以て東のかた紂を伐つ。十一年十二月戊午、師畢く盟津を渡り、諸侯咸会す。曰く、「孳孳として怠ること無かれ」と。武王乃ち太誓を作り、衆庶に告ぐ。「今殷王紂乃ち其の婦人の言を用ゐ、自ら天に絶ち、其の三正を毀壊し、其の王父母弟を離逖し、乃ち其の先祖の楽を断棄し、乃ち淫声を為り、用て正声を変乱し、婦人を怡説せしむ。故に今予発維れ共に天罰を行ふ。勉めよや夫子、再びす可からず、三たびす可からず」と。二月甲子の昧爽、武王朝に商の郊の牧野に至り、乃ち誓ふ。武王左に黄鉞を杖き、右に白旄を秉りて、以て麾く。曰く、「遠きかな西土の人」と。武王曰く、「嗟、我が有国の冢君、司徒・司馬・司空、亜旅・師氏、千夫長・百夫長、及び庸・蜀・羌・髳・微・纑・彭・濮の人、爾の戈を称げ、爾の干を比べ、爾の矛を立てよ。予其れ誓はん」と。王曰く、「古人言へる有り、『牝雞は晨する無し。牝雞の晨するは、惟れ家の索くるなり』と。今殷王紂は維れ婦人の言を是れ用ゐ、自ら其の先祖の肆祀を棄てて答へず、昏くして其の家国を棄て、其の王父母弟を遺てて用ゐず、乃ち維れ四方の多罪の逋逃を、是れ崇び是れ長とし、是れ信じ是れ使ひ、百姓に暴虐し、以て商国に姦軌せしむ。今予発維れ共に天の罰を行ふ。今日の事は、六歩七歩を過ぎずして、乃ち止まりて斉へよ。夫子勉めよや。四伐五伐六伐七伐を過ぎずして、乃ち止まりて斉へよ。勉めよや夫子。尚はくは桓桓として、虎の如く羆の如く、豺の如く離の如く、商の郊に于いて、奔るを御ぐことなく、以て西土に役せしめよ。勉めよや夫子。爾勉めざる所あらば、其れ爾の身に于いて戮有らん」と。

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