宋名臣言行録 / 前集巻三・張詠
西川都巡檢使韓景祐為所部廣武卒劉旰所逐掠懐安軍破漢州公方㑹僚屬報至飲燕如故賊又掠卭蜀將趨益報者愈急公復不問其夕召上官正謂曰賊始發不三四日破數郡勢方鋭不可擊氣驕敢逼吾城乃送死耳請出兵北至方井當遇賊破之必矣正即受教行至方井果遇賊一戰斬旰首餘黨盡平衆亦服公料敵制勝人所不及
新字:西川都巡検使韓景祐為所部広武卒劉旰所逐掠懐安軍破漢州公方会僚属報至飲燕如故賊又掠卭蜀将趨益報者愈急公復不問其夕召上官正謂曰賊始発不三四日破数郡勢方鋭不可擊気驕敢逼吾城乃送死耳請出兵北至方井当遇賊破之必矣正即受教行至方井果遇賊一戦斬旰首余党尽平衆亦服公料敵制勝人所不及
書き下し
西川都巡檢使韓景祐、部する所の廣武の卒劉旰の逐う所と為る。懐安軍を掠め、漢州を破る。公方に僚屬を㑹す。報至る。飲燕すること故の如し。賊又た卭・蜀を掠め、將に益に趨らんとす。報ずる者愈々急なり。公復た問わず。其の夕、上官正を召して謂いて曰く、賊、發するを始めて三四日ならずして數郡を破る。勢い方に鋭し。擊つ可からず。氣驕りて敢えて吾が城に逼らば、乃ち死を送るのみ。請う、兵を出だして北のかた方井に至れ。當に賊に遇いて之を破るべきこと必せりと。正即ち教えを受けて行く。方井に至りて果たして賊に遇う。一戰して旰の首を斬る。餘黨盡く平らぐ。衆も亦た公の敵を料り勝を制すること、人の及ばざる所なるに服す。
現代語訳
西川都巡検使の韓景祐が、自分の部下である広武軍の兵、劉旰に追われた。劉旰は懐安軍を掠め、漢州を破った。公はちょうど僚属を集めていた。報告が届いた。それでも宴を続けてもとのままであった。賊はさらに邛州と蜀州を掠め、いままさに益州へ向かおうとした。報告する者はますます急になった。公はやはり取り合わなかった。その夕方、上官正を呼んで言った。「賊は起こしてから三、四日とたたずに数郡を破った。勢いはいままさに鋭い。撃ってはならない。気が驕ってあえてわが城に迫ってくれば、それは死にに来るだけだ。どうか兵を出して北へ方井まで行ってくれ。きっとそこで賊に遇い、これを破るはずだ」。上官正はそのとおり指示を受けて出発した。方井に着くと、はたして賊に遭った。一戦して劉旰の首を斬った。残党はすっかり平らげられた。人々もまた、公が敵を測り勝ちを制することは人の及ぶところではないと感服した。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孫子・行軍篇丘陵堤防には、必ず其の陽に処りて、之を右背にす。此れ兵の利、地の助けなり。上に雨ふり、水沫至らば、渉らんと欲する者は、其の定まるを待て。
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孫子・形篇孫子曰く、昔の善く戦う者は、まず不可勝を為して、以て敵の可勝を待つ。
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李衛公問対・卷中誘うを以て来るを待ち、静を以て躁を待ち、重きを以て軽きを待ち、厳を以て懈を待ち、治を以て乱を待ち、守を以て攻を待つ。
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李衛公問対・卷中『近きを以て遠きを待ち、佚を以て労を待ち、飽を以て飢を待つ』
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『宋名臣言行録』後集巻八・吕公著御史中丞に拜せられ入對す。上の語西陲の事に及ぶ。公退きて奏して曰く、惟だ當に武備を修め嚴にし、來たらば則ち之に應じ、逸を以て勞を待つべし。若し大臣を臨遣して武事を張皇し、或いは深入を議し、或いは奇功を求むるは皆國家の至計に非ずと。後公位を去り、朝廷大臣を遣わして邊に臨ましむ。已にして西征功無く、士卒内に潰ゆ。皆公の料る所の如し。
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『宋名臣言行録』前集巻三・張詠劉旰を討つ兵迴る。首級を斬りて賞を求むる者有り。公曰く、奔突交戰の際に當たり、豈に其の首を獲るに暇あらんや。此れ必ず戰後に剪り来たる。復た是れ誰かを知らんと。殿直叚倫曰く、學士は果たして神明なり。當時、倫に隨いて先鋒と為り賊に入りて命を用うる者は、皆な中傷して體を破る。主帥、營將に付して理せしむと。公命じて悉く舁して以て來らしめ、先ず其の功を錄す。首級を帶ぶる者は之に次ぐ。是に於て軍情、公の賞罰の至當なるを以て、相い顧みて歡躍す。