新序 / 義勇第八
芊尹文者,荆之歐鹿彘者也。司馬子期獵於雲夣載旗之長拖地。芊尹文㧞劒齊諸軾而斷之,貳車抽弓於韔,援矢於筩引而未發也。司馬子期伏軾而問曰:「吾有罪於夫子乎?」對曰:「臣以君旗拽地故也。國君之旗齊於軫,大夫之旗齊於軾。今子荆國有名大夫而滅三等,文之斷也,不亦可乎?」子期恱載之王所,王曰:「吾聞有斷子之旗者,其人安在?吾將殺之。」子期以文之言告,王恱使文爲江南令,而大治。
新字:芊尹文者,荆之欧鹿彘者也。司馬子期猟於雲夣載旗之長拖地。芊尹文抜劒斉諸軾而断之,貳車抽弓於韔,援矢於筩引而未発也。司馬子期伏軾而問曰:「吾有罪於夫子乎?」対曰:「臣以君旗拽地故也。国君之旗斉於軫,大夫之旗斉於軾。今子荆国有名大夫而滅三等,文之断也,不亦可乎?」子期恱載之王所,王曰:「吾聞有断子之旗者,其人安在?吾将殺之。」子期以文之言告,王恱使文為江南令,而大治。
書き下し
芊尹文なる者は、荊の鹿彘を歐う者なり。司馬子期雲夢に獵す。旗を載するの長きこと地に拖く。芊尹文劍を拔き諸を軾に齊しくして之を斷つ。貳車弓を韔より抽き、矢を筩より援り引きて未だ發せざるなり。司馬子期軾に伏して問いて曰く、吾夫子に罪有るか、と。對えて曰く、臣は君の旗を以て地に拽くが故なり。國君の旗は軫に齊しく、大夫の旗は軾に齊し。今子は荊國名有る大夫にして三等を滅ぼす。文の斷つや、亦た可ならずや、と。子期悅びて之を王の所に載す。王曰く、吾聞く子の旗を斷つ者有り、と。其の人安くに在りや。吾將に之を殺さんとす、と。子期文の言を以て吿ぐ。王悅びて文をして江南の令と爲さしむ。而して大いに治まる。
現代語訳
芊尹文という者は、楚で鹿や猪を追う者である。司馬の子期が雲夢で狩りをした。掲げた旗の長さが地面に引きずるほどだった。芊尹文は剣を抜き、車の手すりの高さに合わせてこれを切った。副車の者は弓を袋から抜き、矢を筒から取って引き絞り、まだ放たずにいた。司馬子期は手すりに伏せて問うた。「私はあなたに何か罪があるのか」。答えて言った。「臣は、あなたの旗が地面を引きずっていたからです。国君の旗は車の底木の高さに揃え、大夫の旗は手すりの高さに揃えます。いまあなたは楚の国で名のある大夫でありながら三等を潰しています。文が切ったのは、もっともではありませんか」。子期は喜んでこれを王のところへ乗せて行った。王は言った。「あなたの旗を切った者がいると聞いた。その者はどこにいる。私はこれを殺そう」。子期は文の言葉を告げた。王は喜んで文を江南の令とした。そして大いに治まった。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『晏子春秋』諫下・景公為鄒之長塗晏子諫景公、路寝の台を築き、三年未だ息まず。又長庲の役を為し、二年未だ息まず。又鄒の長塗を為る。晏子諫めて曰く、「百姓の力勤れたり、公息めざるか」と。公曰く、「塗将に成らんとす、請う成りて之を息めん」と。対えて曰く、「君民の財を屈くす者は其の利を得ず、民力を窮むる者は其の楽しみを得ず。昔者楚の霊王頃宮を作り、三年未だ息まざるなり。又章華の台を為り、五年又息まざるなり。乾溪の役は八年、百姓の力足らずして息む。霊王乾溪に死し、而して民与に帰らず。今君明王の義に遵わず、而して霊王の跡に循う。嬰君に民を暴する行い有り、而して長庲の楽しみを睹ざらんことを懼る、息むるに若かず」と。公曰く、「善し。夫子に非ずんば、寡人百姓に罪を得ること深きを知らざるなり」と。是に於て委壊する勿からしめ、余財は収むる勿く、板を斬りて之を去らしむ。
-
『春秋左氏伝』昭公元年 皿蟲を蠱と為す風淫すれば末疾、雨淫すれば腹疾、晦淫すれば惑疾、明淫すれば心疾。女は陽物にして晦時なり。淫すれば則ち内熱惑蠱の疾を生ず。今君節せず時ならず、能く此に及ぶこと無からんや」と。出でて趙孟に告ぐ。趙孟曰く、「誰か良臣に當たる」と。對へて曰く、「主是れを謂ふなり。主晉國に相たること、今に於いて八年、晉國亂無く、諸侯闕くる無し。良と謂ふ可し。和之を聞く、國の大臣は、其の寵祿を榮とし、其の大節を任ず。菑禍興る有りて改むる無くんば、必ず其の咎を受く。今君淫に至りて以って疾を生じ、將に社稷を圖恤すること能はざらんとす。禍孰(いづ)れか焉より大ならん。主禦ぐこと能はず。吾是を以って云ふなり」と。趙孟曰く、「何をか蠱と謂ふ」と。對へて曰く、「淫溺惑亂の生ずる所なり。文に於いて、皿蟲を蠱と為す。穀の飛ぶも亦た蠱と為す。周易に在りては、女男を惑はし、風山を落とす、之を蠱と謂ふ。皆同物なり」と。趙孟曰く、「良醫なり」と。厚く其の禮して之を歸す。
-
『晏子春秋』諫下・景公嬖妾死守之三日不斂晏子諫今君賢人の礼に薄くして、嬖妾の哀に厚し。且つ古の聖王は、私を畜うも行いを傷つけず、死を斂むるも愛を失わず、死を送るも哀を失わず。行い傷つけば則ち己に溺れ、愛失えば則ち生を傷つけ、哀失えば則ち性を害す。是の故に聖王之を節するなり。死すれば即ち斂を畢え、生事を留むるを以てせず。棺槨衣衾は、生養を害するを以てせず。哭泣して哀に処るも、生道を害するを以てせず。今朽屍を以て生を留め、広愛を以て行いを傷つけ、哀に循いて以て性を害す、君の失なり。故に諸侯の賓客は、吾が国に入るを慚じ、本朝の臣は、其の職を守るを慚ず。君の行いを崇ぶは、以て民を導く可からず。君の欲に従うは、以て国を持す可からず。且つ嬰之を聞く、朽ちて斂めざる、之を僇屍と謂い、臭いて収めざる、之を陳胔と謂う。明王の性に反し、百姓の誹りを行い、而して内嬖僇胔に委ぬ、此れを之れ不可と為す」と。公曰く、「寡人識らず、請う夫子に因りて之を為さん」と。晏子復して曰く、「国の士大夫、諸侯四鄰の賓客皆外に在り、君其れ哭して之を節せよ」と。仲尼之を聞きて曰く、「星の昭昭たるは、月の曀曀たるに如かず。小事の成るは、大事の廃るるに若かず。君子の非は、小人の是に賢れり、其れ晏子の謂いか」と。
-
『晏子春秋』雑下・田桓子疑晏子何以辭邑晏子答以君子之事也/景公欲更晏子宅晏子辭以近市得所求諷公省刑景公晏子に邑を賜う。晏子辞す。田桓子晏子に謂いて曰く、「君歓然として子に邑を与う。必ず受けずして以て君を恨ましむるは何ぞや」と。晏子対えて曰く、「嬰聞く、節を上に受くる者は、寵君に長じ、倹を処に居る者は、名外に広しと。夫れ寵を長じ名を広むるは、君子の事なり。嬰独り庸ぞ能く已まんや」と。景公晏子の宅を更めんと欲し、曰く、「子の宅は市に近く、湫隘囂塵にして、以て居る可からず。請う、諸を爽塏なる者に更めん」と。晏子辞して曰く、「君の先臣容る。臣以て之を嗣ぐに足らず。臣に於て侈なり。且つ小人市に近ければ、朝夕求むる所を得。小人の利なり。敢えて裡旅を煩わさんや」と。公笑いて曰く、「子市に近し。貴賤を識るか」と。対えて曰く、「既に竊かに之を利す。敢えて識らざらんや」と。公曰く、「何か貴く何か賤き」と。是の時や、公刑に繁く、踊を鬻ぐ者有り。敵対えて曰く、「踊貴くして屨賤し」と。公愀然として容を改め、公是が為に刑を省く。君子曰く、「仁人の言、其の利博きかな。晏子の一言にして、斉侯刑を省く。詩に曰く、『君子如し祉あらば、乱庶わくは遄やかに已まん』と。其れ是れを之謂うか」と。
-
『春秋左氏伝』襄公四年 和戎の五利少康を立つ。少康、澆を過に滅ぼし、后杼、豷を戈に滅ぼす。有窮、是に由りて遂に亡ぶ。人を失ふが故なり。昔、周の辛甲の大史たるや、百官に命じ、官ごとに王の闕を箴(いまし)めしむ。虞人の箴に於て曰く、『芒芒たる禹の跡、畫して九州と爲し、九道を經啟す。民に寢廟有り、獸に茂草有り。各〻攸(ところ)を處(しめ)る有り、德用(もつ)て擾れず。帝夷羿に在りては、原獸に冒(むさぼ)り、其の國の恤(うれ)ひを忘れて、其の麀牡(ゆうぼ)を思ふ。武は重ぬべからず、用て夏家を恢(ひろ)めず。獸臣原を司る、取りて僕夫に告ぐ』と。虞箴是くの如し。懲りざるべけんや」と。是に於て晉侯田を好む。故に魏絳之に及ぶ。公曰く、「然らば則ち戎に和するに如くは莫きか」と。對へて曰く、「戎に和するに五利有り。戎狄は荐居(せんきょ)し、貨を貴びて土を易(かろ)んず。土賈(か)ふべし。一なり。邊鄙聳(おそ)れず、民其の野に狎れ、穡人(しょくじん)功を成す。二なり。戎狄晉に事へ、四鄰振動し、諸侯威懷す。三なり。德を以て戎を綏んじ、師徒動かず、甲兵頓(つか)れず。四なり。后羿に鑒みて、德度を用ゐ、遠きは至り邇(ちか)きは安んず。五なり。君其れ之を圖れ」と。公說(よろこ)び、魏絳をして諸戎と盟はしむ。民事を脩め、田するに時を以てす。冬、十月、邾人・莒人、鄫を伐つ。臧紇、鄫を救ひ、邾を侵し、狐駘(こたい)に敗る。國人の喪を逆ふる者、皆髽(ざ)す。魯、是に於てか始めて髽す。國人之を誦して曰く、「臧の狐裘、我を狐駘に敗る。我が君は小子、朱儒是れ使ふ。朱儒よ朱儒よ、我をして邾に敗らしむ」と。
-
史記 滑稽列伝威王大いに説び、酒を後宮に置き、髡を召して之に酒を賜ふ。問ひて曰く、「先生能く飲むこと幾何にして酔ふ」と。対へて曰く、「臣、一斗を飲みて亦酔ひ、一石にして亦酔ふ」と。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る